草想日記

Let  It  Be


哲学舎での出来事などを、徒然なるままに日記風に書いていきたいと思います。
(2005/9/1〜2007/3/29)
   

2005/9/1(木)  
日記はじめ
残暑の厳しい日であった。巷では夏休みも終わり、今日から新学期である。
ここ数日、随分涼しかったのに、今日は夏休みの思い出を噛みしめさせられるような残暑となった。
このふた月余りの間に、新聞、TVにと当館のことが、少しではあるがマスコミに取り上げられた。おかげで、来館者が少し増えたのは有難い。
反面、迷惑なメールや書き込みも来るようになったのには辟易とする。その殆どが、アダルトサイトや出会い系の宣伝である。嫌がらせを面白がる連中に、いちいち対応していてはかなわないので、しばらくBBSを中断することにした。人間にとって、エロスは重要な問題だが、エロス論を闘わせるならまだしも、一方的に商売の宣伝に利用されてはたまらない。残念だが、しばらく中断することにした。
BBSの替りにといっては何だが、日ごろ感じていることを日記風に書いていこうと思う。

2005/9/3(土 )  
夏の終わり
もう3日間も夏のような暑さが続いている。草抜き作業をしていると、すぐに汗が滲んでくる。 10時ごろ、急に頭の上あたりが騒がしいと思ったら、ツバメの
集団がやってきて、庭の上空を行ったり来たりして飛びまわっている。30分ほどグルグルしていただろうか。いつのまにかいなくなった。確か昨年の5月には
数羽しか見かけなかった気がしたが、こんなに沢山いたとは知らなかった。30羽くらいはいたような気がする。南の国へ帰る準備をしていたのだろうか。
それとも、また来年来るために地形を一生懸命に覚えていたのだろうか。不思議な光景に、しばらく手を休めて見入っていた。都会ではできなかった体験である。ツバメたちが去った後は、赤トンボたちの出番であった。確実に秋が近づいている。コスモスたちも真新しい顔を覗かせて、静かに風に揺られている。

都会では、衆議院の選挙戦がたけなわであろう。だが、ここでは選挙カーの声も聞こえない。だからといって、田舎の人々が無関心かというと全く逆である。
おそらく、こんな小さな集落の投票率は80%くらいはいくと思われる。都会に比べたら、政治力の影響を肌身で感じられるからである。

2005/9/4(日 )  
台風には勝てない
台風が近づいている。数日前にアメリカ南部を襲ったサイクロンの爪あとを、ネットのニュースで見たが、風速70Mをも記録したといわれる風のすごさは、人間の構築してきた機械文明など、跡形もなく吹き飛ばしていた。災害があるたびに、多くの犠牲者が出る。今回も事前に情報があり、避難勧告が出ているにもかかわらず、逃げ出せないでいる人々がいた。その多くは移動手段を持たない貧困層であり、貧困から逃れてやってきた不法滞在者たちであった。
突然の地震には効し難いものがあるが、予測の付く台風には備えたいものである。だが、ここ哲学舎の状況も強烈な台風には弱さを露呈するであろう心配が多々ある。美術館と住まいに関しては、何とか持ちこたえるであろうが、アトリエにする予定の鶏舎は30Mの風が限界である。
補強したくても、今は資金がない。造作中のガーデンやビニールハウスのパイプを利用したドームも吹き飛ぶ可能性がある。
精魂込めて作っていても、自然の力の前には無力なものである。直撃しないことを祈るしかない。

2005/9/6(火 )  
じっと耐える
台風のせいか、午後から雨と風が強くなり始めた。夜半あたりから雨が弱くなってきたが、反面突風のような風が今もも吹いている。
ここは静かなので、風の音がすごい。唸り声を上げたような音が頻繁に聞こえてくる。都会で聞いていた風の音とは雲泥の差である。機械的な音さえ聞こえてくる。庭の草花たちが心配で、遠目に見ているのだが、ほとんどが寝そべっているような感じで、風に押さえつけられている。
この14号台風は、速度が遅いため、朝まで風が吹き続けるであろうと思う。美しく咲き始めたコスモスたちや秋の草花たちが、朝にはどうなっているか想像がつくが、なす術がない。自然の威力の前に、人間はじっとして身の安全を確保するのに精一杯である。
おそらく、万博会場の施設も、明日の朝には大変なことになっているような気がする。 台風さえも自然の摂理においては叡智である。
人間の叡智は、過去において台風から何を学び取ってきたのだろうか。 年々、台風が来るたびに、被害が拡大していくような気がしてならない。
今、外ではおそらく瞬間風速25mくらいの風が吹き荒れている。明日は後片付けに追われる一日となりそうである。

2005/9/8(木)  
風の脅威
直撃は免れたが、台風14号の強風域は思いのほか広範囲に及んだ。
6日の夜は、夕方から雨よりも風の方が一段と強くなり、7日の朝方まで強風が吹き続けた。ここは鈴鹿山脈に沿っていて、普段から風の通り道のようになっている。都会にいた頃には聞いたこともないような風の音である。音というよりは、生き物のうなり声の様でもあり、何かの機会音の様でもあった。
おかげで、3時頃まではそれらの音で眠れなかった。多分、瞬間風速では25mは吹いていたであろう。
昨日の朝は心配していた通り、コスモスは全部倒されていたし、ビワの苗木も一本やられていた。カフェに這わせ始めた蔦も、途中からはがれている。
桑の木は、若い枝が3本やられた。
家屋の方は、トタンが剥がれた程度で大丈夫であったが、手作りの門扉が反対方向に開いて、支柱が避けてしまっていた。
直撃を免れて、この有様である。 悲惨なニュースを見るまでもなく、直撃された地域の惨状は悲惨なものがある。
人間の知恵や科学の力をもってしても、自然の猛威には到底かなわない。 やはり可能な限り避難して逃げるしかないのであろう。
今朝は、正に台風一過、秋の青空が拡がった。 昨日今日と、倒れた草木たちの植え替えで忙しかったが、まだ、一つくらいは台風がやってきそうな気配である。 地球にとっては、台風も一つの呼吸のようなものだ。 人間に出来ることは、今のところ防御という共生しかない。

2005/9/12(月)  
日本はいずこへ行くのやら
昨日、衆議院選挙が行われた。今朝、ネットのNEWSでその結果を知り、正直驚かざるをえなかった。自民党の圧勝というか、民主党の衰退である。
前回、無党派の風に助けられた民主党が、今回は無党派と20代の風に追いやられた感じがする。今回の総選挙は、その解散の仕方からして、ドラマ仕立てであったように思うが、自民や財界の意を汲んで、風を煽ったマスコミの影響力はさすがである。特にTVでの映像は、観ている者を、まるで映画かゲームに参加しているように錯覚させることに成功していたようだ。
新聞の中には、努めて冷静さを保つよう配慮したものも見受けられたが、所詮、映像のインパクトには敵わない。
日本の行く末を決めるであろう今回の選挙結果は、とても重大な意味を持っていると思われる。結果のもつ意味は、新聞各紙を見ればわかるであろうが、
ある新聞は、日本の民主主義は終わったと報じた。とても残念だが、僕もそう思わざるを得ない。
バブル崩壊の後から鬱積していた閉塞感が、英雄待望論と相まって、小泉首相という権力者を無批判に選んだのかもしれない。
それにしても、多くの人を思考停止に近い形に追い込み、イエスかノーかと迫る手法を編み出した小泉のブレーンは、残念ながら野党の敵う相手ではない。
1972年に文部省が発案した「期待される人間像」がここに来て、30年かかって実を結んだようである。
日本は、再びいつか来た道を歩み始めるのか。戦争の傷跡を少しだけ体験している団塊世代の一員として、なんとしても平和だけは守りたいと思うのだが。
今日は、もう一つの9.11ショックであった。

2005/9/14(水)  
黒猫マフィーの一大事
ここ数日、急に暑さがぶり返したようである。ここでもかなり暑さを感じたほどである。
そんな中を、昨日は名古屋の歯医者に出かけた。日中の気温が34度くらいあり、クーラーのない愛車の中は蒸し風呂状態であった。
田舎暮らしに慣れてくると、用事でもない限り、都会に出かけるのがつらくなる。 諸々の用を済ませ、深夜に帰宅した。 いつも僕が帰ると、マフィー君が
出迎えてくれるのだが、昨夜は呼んでもなかなか出てこない。しばらくして出てきたマフィー君は、どうしたことか前の右足を痛そうに上げたままびっこを引いているではないか。さては、車にやられたかなと急いで抱きかかえて部屋に。痛がる彼をなだめながら、骨が折れていないか調べたが、なんとか骨は大丈夫そうであった。
どうも肩の辺りが痛そうである。さっそく、アイスノンを取り出し、30分ほど冷やしてやったが、言葉が通じないのでどれくらい痛いのかわからない。
顔の表情も、いつものとぼけた表情がなく元気がない。 いよいよ明日は獣医に行かねばならぬのかと心配したが、とりあえず、食欲はあるので何とかなるかとは思った。湿布をして眠りに就いたが、初めての怪我なので少し心配で余り眠れなかった。
朝起きてみると、湿布は自分ではがした様子で取れている。 しかし、歩くときに少し右足をついて歩くようにはなっていたので、昨夜よりは好転したようだ。
再び、アイスノンで冷やし続けた。 昼休みに様子を見に来たら、随分よくなったみたいで、すこしだけびっこを引いているが四足で歩いている。
肩の辺りをさわると、まだ少し痛がったが、とりあえず一安心である。 クルマじゃないとすれば、なにか他の動物とケンカしたのかもしれない。
そういえば、さっき下の道を猪の親子が横切っていった。秋になって、また山からサルや猪が餌を求めて下りて来ているようだ。

話は変わるが、今日の午後、中日ホームニュースの取材を受けた。
担当記者のMさんと、いろんなお話をしながら、取材というよりは雑談という形で進んでいった。
哲学舎での取材は、自然環境の良さと静けさがそうさせるのか、いつもいい話し合いになる。記者の方も半分仕事を忘れて、癒やされモードに陥る。
僕も、型どおりの取材と記事よりは、記者の方が一人の来館者として感じ取ってくれたことを書いてくれた方がうれしいのである。
10月1日に新聞に折り込まれるらしいので、是非ご覧いただきたいと思う。

2005/9/17(土)  
稲刈りの助っ人に
朝の7時に電話で起こされた。すぐ下に住んでいるSさんからであった。
明日の天気が心配だから、今日中に稲刈りをやるから手伝って欲しいとの用件だった。Sさんには、ここを借りるときからお世話になっているので、
開館日であったが、午前中だけお手伝いすることにして電話を切った。さっそく、飛び起きて準備運動をする。何せ30Kもある米袋を数十個運ばねばならないからである。昨年も手伝ったが、余りの重労働に2日間ダウンした記憶がある。
午後は、来館予定者があったので、午前中の3時間だけ手伝いに出かけた。昨年の半分の労働量であったが、今こうして文字を打ち込んでいる手が、筋肉痛を起こしているのがわかる。 こんなにも大変な稲刈りを、老夫婦だけでやるには到底無理がある。 午後には、名古屋から息子さんが手伝いに見えたらしい。明日も手伝う予定だったが、何とか無事に終えたらしいので、内心助かったと胸を撫で下ろした。
最近、余り重労働はしていなかったので大変ではあったが、やはり汗をしっかりかくのは気持ちの良いもである。
明日、明後日と連休であるが、さて、どんな来館者があるか楽しみである。 

2005/9/19(月)  
十六夜の観月会
昨日は、十五夜の月がきれいに夜空を照らしていた。一人ガーデンに出て静かに月見を楽しんだ。
今日は2組の来館者があった。 3年ぶりのMさんは、菰野町に住むお祭り大好き人間である。今夜、すぐ隣りの川原にある東林寺というお寺で、観月会が
あるからどうだと誘われた。 夕方は用事があったので、7時頃に遅れて参加した。 すでに50名ばかりが集まっていた。さっそく乾杯をして宴が始まった。
お寺の傍の見晴らしの良い田んぼにビニールシートを敷いて、長机を並べ、里芋や団子やおにぎりや漬物など、川原地区のボランティアの方々の手作りの
料理が並ぶ。偶然にも、知人が二組来ていて挨拶をしたりしているうちに、7時45分頃だろうか、鮮やかな月が山の向こうから顔を覗かせ始めた。
拍手やら歓声が上がる中、スローモーションで姿を現してきた。 子どもの頃、お月見をした体験を思い出したが、新たな感動があった。
10分ほどで、月は全貌を現し、こちらまで明かりを届けてくれる。 寒くも無し、空気はきれい、周りは静か、ゆっくりと時間は流れていく。宴もたけなわ、
尺八・オカリナ・ハーモニカと余興が続き、トリは地元のシンガーソングライター伴よしかずさんの出番であった。
終わりがけに、紙切れが配られ、全員が俳句などを一句捻ることになった。 順番に自己紹介を兼ね、俳句を読み上げていく。最後に東林寺の和尚が
自作を朗詠して〆となった。 街中では叶わない月見の夢である。 こんなところにも、田舎暮らしの贅沢さがあるのだろう。
来年は、当館でも観月会を企画し、都会の人々に一時の幻想を体験してもらいたい衝動に駆られた。 

2005/9/21(水)  
グリーンドーム造り
すぐ隣りにあるパークゴルフ場の拡幅にあたり、昨年の話し合いで移転が決まっていた鶏舎とハウスの部分が、役場の都合で現状維持という形になった。
どうせ移転するのだからと、草抜きや手直しもせず放置しておいたのだが、事情が変わったので来春までに造作することにした。
ハウスはグリーンドームに、鶏舎はアトリエ兼倉庫にしようと計画を立てている。 さっそく昨日から、ドームの整地を手作業で始めた。
また重労働の日々である。昨日はとりあえず草抜きである。ススキの大きくなったものは手では抜くことが無理である。カマで刈ってから根っこを掘り起こす。
他の雑草は丁寧に抜いていく。朝方、苦戦していたところに、書道家のFさんが息子のK君を連れ立って遊びに来た。
どうも親子喧嘩をした後みたいだったようで、雰囲気がおかしかった。 事情を察して、K君を草抜きの手伝いに連れ出した。
2時間近く、もくもくと一緒に草抜きをした。虫に刺されながらも、一輪車で草を捨てに行ったりして、しっかり汗をかいていた。作業をしながらいろんな
話しをしたが、汗をかいたせいか段々機嫌も直ってきたようだった。やはり自然の中での労働は、鬱積した何かを簡単に吹き飛ばす効果があるようだ。
どうも、都会に住む現代人は、高カロリーの食事をしている割には運動量が足りない。頭や心と身体のバランスが相当悪そうである。
大人にかかわらず、子ども達にも肉体労働の効用を体験させる必要があるのではなかろうか。

2005/9/25(日)  
一気に秋へ
台風17号は、何とか上陸せずに過ぎ去った。八丈島では相当な被害が出たらしい。自然のサイクルとはいえ、台風には本当に困ったものである。
人間による積み重ねられた叡智をもってしても、これだけは防ぐことが出来ない。今のところ、せめて被害を最小にするための自衛策しかない。
叡智といえば、愛・地球博が今日で閉幕である。当初の予想をはるかに上回った入場者と売上げであったらしい。このお祭り騒ぎの結果を、一体誰が
喜ぶのかは明らかであるが、それにしても、会場を訪れた人々の声に、自然の叡智の素晴らしさをコメントするものが皆無に近いのは不思議である。
一見何もないこの辺りの方が、本来の自然の叡智が満載ではないかと思っているが、それに気づく人はまだ少ないのが現実である。
ここしばらくは、愛・地球博の総括が紙面を賑わせるであろうが、せめて多くの人々が、地球を愛するという気持ちを忘れないようにするための方策が
望まれる。自然の叡智から学んだものがあるとするならば、それを実践していくには、人間の叡智を発揮するしかないのではないかと思う。
人間の技術や能力を発揮した愛・地球博であったかもしれないが、今後、人間の叡智はどのように人々の中で育っていくのであろうか。
地球を愛するこころを持てるならば、人を愛するこころをも持てるはずであるが、果たして現実は如何にである。

2005/9/28(水)  
冷たい雨
ここ数日、朝晩が本当に涼しくなった。 昨夜など早くも毛布を出してしまったくらいである。
昨日から降り続いていた雨が、今朝になってやっと止んだ。シトシトと静かに降る様が、一層秋の深まりを感じさせる。
カッパを着て作業をしていたが、数日前と違い、身体に沁みる雨が冷たく感じられた。この冷え込みに、コスモスたちが一斉に花を咲かせた。
数日前に名古屋で居酒屋をしている知人が、改装をするから、机やイス、壁材などをいらないかと電話をくれた。昨日はそのために名古屋に出かけ、
愛車の荷台に積めるだけ積んで材をもらってきた。おかげで今日はまた肉体労働の一日であった。
昼過ぎに、来客があった。 お話をしていたら、桑名で獣医をして見える愛想の良いご夫婦であった。丁度、ネコのマフィー君が来たので、目やにと鼻水が
止まらなくて大変なんですとお話したら、親切に対処の仕方を教えてくださった。 偶然にしても有難い来館者であった。
冷たい雨に打たれて、少し冷え切っていたこころが、おかげで温かくなり感謝である。

2005/10/1(土)  
夏バテ
コスモスが満開となり、ガーデンをピンクに染めている。急に涼しくなり、朝などは15度くらいまで冷えてきた。
ここ2・3日、どうも体の調子がおかしい。気合を入れても、身体が思うように動かない。 なんでもないところで怪我をする。
注意力が散漫になっているようだ。 どうも夏バテが来たようである。 というか、年のせいなのかもしれない。 ドーム造りが続いているので、力仕事が過ぎたのかもしれない。確かに、回復力が落ちているような気もする。 来年の春までに、やらねばならないことがまだ山ほどあるのに困ったものである。
資金不足で、材料集めもままならない。 まぁ、バイトに精を出して、あせらずのんびりとやろう。

2005/10/4(火)  
秋風が身に沁みる
一昨日から、ネットがどうしても繋がらなかった。2日がかりで、時間のある限り修復を試みたがダメであった。最近ウイルスメールが多いので、気をつけて
いたが、とうとう知らぬまに感染したかと諦めかけていた。2年ほど前に同じような状況があったとき、プロバイダーに電話して回復した記憶があったので、
今朝、ダメモトでプロバイダーに電話した。いろいろ聞かれた後に、口座から引き落としが出来なかったのでストップしましたとのことだった。
ウイルスではなかったと一安心したが、口座に金がなかったのには、情けない思いであった。
手伝いに来ていたスタッフのYさんに、急遽金を借り振り込んだ。おかげで夕方には回復した。 9月はバイト収入が少なく、口座に入金をしてなかったので
ある。今月は、なんとかバイト収入が見込めるのだが、17万キロ近く乗っている我が愛車の車検が来る。
美術館の入館者を増やすべく、動いてはいるのだが、まだ当てにできる状況ではない。頭が痛い時期の到来である。まさに秋風が身に沁みる今日このごろである。 だが、初志貫徹で頑張るしかない。 そんな僕を横目で眺めながら、黒猫マフィー君はのんびり寝そべっている。

2005/10/7(金)  
グリーンドーム造りに追われる
昨日の穏やかな秋晴れとは変わり、秋雨前線の雨が、朝からシトシト降っている。満開のコスモスたちが、雨のしずくに花びらを落としていく。
雨が降ると、有難いこともある。草抜きが楽になることである。 平日の午前中は、まず来館者がないので作業をすることにしている。
今日もカッパを着て、草抜きの後、グリーンドームの整備に汗を流した。ドームというと大げさだが、ビニールハウスの跡をテラスにしようという類である。
幅3Mくらい、長さは15Mくらいのものであるが、土を掘り起こし慣らすだけで3日は掛かる。 しばらく放置してあったので、ススキの根っこが深くはびこっている。 草刈機がないので、草の部分は大きなはさみで切りとるのだが、30分もすると手に豆ができる。 根っこはスコップで起こすしかない。
これがかなりの重労働なので、雨上がりを狙って集中的にやるしかない。 まだ2割ほど根っこの部分が残っているが、デッキにする部分の整地もしなければと、土が軟らかいうちに掘り起こす。 昨日晴れている間に、下地材にコールタールを塗っておいたが、これが目茶苦茶臭いので、とりあえず敷いて
土をかぶせ匂いを抑えることにした。 来週までには何とか完成させようと思う。

2005/10/9(日)  
久しぶりのライブ
昨日とは打って変わって、見事な秋の空が広がった。 雨上がりは草抜きや土堀作業にいつも追われる。 午前中はまず来館者が来ないので、さっそく
ドームの土木作業に精を出した。昨日、名古屋にある知人のお店が、改装をするための解体をしたので、廃材をもらいに出かけていた。クルマ一杯に詰め込んだ木材やタイルなどを朝から下ろし、空き地に積み上げシートをかぶせた。これが結構重労働であったが、のんびりはしていられない。
まだ土に湿り気があるうちに土木作業をしなければならないからだ。乾いてしまうと、ススキの根っこなどとても堀出すことが大変になるからである。

夜は、前から予定していたパーティのため、名古屋の国際ホテルまで出かけた。20年来の付き合いがあるピアニストのNさんの退院祝いであった。
僕もエレベを持ってお祝いに駆けつけたが、途中木曽三川で大渋滞に巻き込まれ、約一時間遅れで到着。 もう演奏が始まっていて、着くなりすぐに
セッティングをし、途中から演奏に参加した。2時間ばかり演奏したが、久しぶりのライブだったので、疲れよりも楽しさのほうが勝っていた。
Nさんは病み上がりにもかかわらず、精力的に演奏をする。彼女は、何でもJAZZにしてしまうという特技の持ち主で、感覚は抜群のピアニストである。
そういう自由なタイプのピアノは大好きなので、ベースを弾いていてもとても楽しかったのである。 疲れを忘れるほどの、素敵なセッションであった。

2005/10/13(木)  
冬に備えて
ガーデン一面にコスモスが咲き誇っていたが、数日前から一斉に花びらを落とすようになった。蕾のものもまだあるが、この一週間が見ごろの最後となる。
片隅では、秋明菊の蕾がふくらんで、明日にでも花開きそうである。 赤トンボかアキアカネか分からないが、都会で見ていた赤とんぼとは違う赤トンボが
乱舞している。 胴体の部分が、唐辛子のように濃い赤色をしている。ヒメジオンの綿毛が飛び始めた。タデが抜いても抜いても生えてくる。
道ばたの椎の木には、どんぐりが一杯付いている。空は高くうろこ雲が浮かんでいる。柿の木も熟した実を付けている。
いよいよ山の秋は本番である。そろそろ紅葉が始まるであろうか。 今日は秋晴れだったので、ストーブ類を掃除して冬に備えた。
今年の冬は、原油高の影響で灯油も高そうだ。実に困ったものである。
昨日は、三重で最近発刊された、季刊誌エッジという雑誌の取材を受けた。訪れた記者は、ライター兼カメラマンのOさん。Oさんは僕より少し年下の50代。
歳が近いこともあり、2時間ばかり話が弾んだ。哲学舎のコンセプトと環境がとても気に入ったらしく、写真を何枚も撮っていた。
フィールドは違えど、大人の責任で為すべきことは何かという点では話が合い、お互いに頑張ろうということで、取材を終えた。

2005/10/15(土)  
開けたお寺さん
朝から雨が降り続いていたが、夜半遅くになってやっと止みそうになってきた。久しぶりに一日中降り続いたので、明日は土起こしに忙しくなりそうである。
雨の日は、まず誰も来ないから、作業をしながらのんびり構えていたが、こんな中を、名古屋から二組も来館者があったのはうれしい。
夕方から、員弁町にある知人のお寺で、コンサートがあると誘われていたので出かけた。お寺には余り縁がないので、少し緊張して出かけたが、
思いのほか、抹香臭くなく、和やかな開けた雰囲気に少し驚いた。住職のOさんとは10数年来の知己であるが、寺を訪れたのは初めてであった。
50人ほどのいろんな方たちが集まっていたが、偶然にも、以前の知り合いに数人会えたのには驚いた。
東京から見えたHさんという住職が、ライブをはさみながら講和をされた。テーマは非戦と平和であった。Hさんとは同年代でもあり、話の内容が興味深く、
共感できることが多かった。特に、殺してはならぬ・殺させてはならぬというくだりの部分では、考えさせられるものがあった。
彼の友人たちのバックバンドと共に演奏した、ビートルズナンバーやイマジンは、改めて平和を考える提案となっていた。バックバンドもアマチュアながら
高度な技術と精神性を発揮し、テーマにふさわしい演奏をしていたのが印象的であった。
祭壇を前に、イマジンを聴いたのは初めてである。 イマジンを創ったレノンは、20世紀最大の芸術家だと僕は思っているが、仏教者にも影響を及ぼしているかと思うと、レノンの偉大さを改めて考えさせられた。 正に、宗教も民族も関係なく、人々のこころを動かすものが芸術だと認識した。
こんな開けたお寺が、少しだけ田舎の地にもあるかと思うと、Oさんの頑張りに拍手を送りたいと思う。
と同時に、哲学舎も早く力をつけて、この田舎の地で、いのちや平和の大切さを発信していきたいと思った。 

2005/10/18(火 )  
流れ星
忙しい一日であった。朝からスタッフのYさんと、津島にある建築屋さんへ材木の端材をもらいに出かけた。 愛車のマークUバンに、後も見えないくらい一杯詰め込んで帰宅。 降ろしてすぐに、今度は倉庫にあったマットレスを粗大ゴミ処分場へ。帰りには、また一杯端材やタンスを拾ってきた。
雨に濡れないようシートをかぶせて、とりあえず野外で保管することに。倉庫として使用している鶏舎は、冬場にアトリエに改装するため、荷物を入れても
二重手間になるからだ。 夕方からは、アルバイトで制作した品を、名古屋のC店へ納入に。取り付けのあと、店主たちと話しこんで12時近くになった。
急いで帰って、今は午前1時半。とてもハードな一日だった。
救われたのは、帰り道、透き通った夜空に、大きな流れ星が見事に流れたことである。一瞬何が光ったかと思ったが、紛れもない美しい流星だった。
こんな夢のような体験も、田舎ならではの贅沢かもしれない。

2005/10/21(金 )  
イベント準備に追われる
数日前から、急に冷え込みが始まった。朝などは10度位まで気温が下がる。昨日、ストーブを倉庫から引っ張り出して掃除した。
夜は、毛布がないと寒くて眠れないくらいである。寒がりの僕は、もう一週間前から毛布を入れて寝ている。
咲き誇っていたコスモスたちも、せっせと種を作り始めている。 替りに、秋明菊がきれいに咲き出した。 今日は、風も穏やかな秋晴れであったが、
少し風邪気味で、体調がすぐれない。 23日にはイベントがあるので、今から準備をしなくては間に合わない。 スタッフのYさんと手分けして、名古屋と
こちらで仕入れやらの準備に追われた。 そんな中、先日取材を受けた毎日新聞中部支社のMさんから「カカポのてがみ」というエコ童話が送られて来た。
「カカポのてがみ」は、名古屋のライターのOさんとイラストレーターのTさんが、2002年に出版したものであった。 食事をしながら一気に読み終えたが、
思いのほかこころが温まる素晴らしい童話であった。みんなにも是非読ませてあげたい。2Fのてつがくのへやに所蔵したので、機会を見て読みに来て
欲しい。あらすじは書かないが、当館にふさわしい童話であることには間違いない。 明日も準備に追われそうである。晴天が続くことを祈る。

2005/10/25(火 )  
楽しかったイベント
日曜日は、朝から小雨が降り続いていた。イベントだというのに恨めしい雨であった。予報では曇りのち晴れ。大丈夫だと高をくくっていたが、4時半頃まで
降り続いた。3時頃から少しずつ集まり出し、4時には30人ほどが来ていた。名古屋からはいつも沢山来てくれるのだが、今回は、この地域の方たちが10名ほど参加してくれ、うれしい限りであった。新聞の記事を見ていて、哲学舎のことは知っていたが、こんな機会でもない限り、来られないという。
みんな一様に興味津々だったが、美術館や雰囲気を見て安心していた様子であった。何を心配していたのかは、大体想像がつくが、やはり、顔をつき合わせて会話をしたら、誤解や心配は吹き飛ぶものである。
スタッフのYさんによる、自然素材を使ったクリスマスリース作りには、大人も子どもも小雨の中を黙々と集中して楽しんでいたようだった。
Aさんによる、絵本の読み聞かせは、子どもたちのこころに温かい何かを感じさせたようである。
後半は、ライブで盛り上がった。初めてJAZZに挑戦したSさん、Iさんの乙女の祈り、仕事の合間にピアノの練習をして、初めて人前で弾いたHさん。
スタッフのYさんも初めてのJAZZに挑戦して枯葉を弾いた。毎回参加のHOTBOXのギタリストIさん、ボーカルFさんによるブルース演奏。
そして、今回名古屋から駆けつけてくれた、プロのピアニストであるYさんとSさんによるDUO。そこへ飛び入りのギタリストYさん。
おまけに、アメリカで歌の修行中であるMさんが、飛び入り参加して、大いに盛り上がった。
美術館の主旨である、うまいへたに関係なく参加できるライブとなったのは、うれしい限りである。
終了の時間まで、誰一人帰ることなく楽しんでくれたのには、企画したものとして本当に嬉しかった。
イベントでの体験が、参加した人々にとって、プラスの記憶として残ってくれることを祈るばかりである。

2005/10/28(金)  
カラス瓜や〜い!
しばらく前に、名古屋の知人から「その辺にカラス瓜は成ってるか?」と連絡があった。山の中だから、当然あると思い込み、休みの日にでも取りにおいでということになった。知人が来る前に、数日前、下見をしておこうと気楽に散策に出かけたが、一向に見あたらない。昨日も今日もあちこち探したが、見当たらない。地元の人に聞けば分かるだろうと、手当たり次第聞いてみた。昔はあったが最近は見ないという。
どうも、都会から来た人たちが、根こそぎ持っていってしまうから、次の年には成らないらしい。あるから大丈夫と太鼓判を押した手前、正直あせっている。
明日も探して、見つからなければ、素直に事情を話して謝るしかない。 藤原町のカフェにあったものは、どうも四日市で採れたものらしい。
山の中に成るとは限らないが、四日市のような都会で見つかっているとは不思議なものである。

2005/10/30(日)  
作業に追われる日々
昨日は夕方まで雨が降り続いていた。 そんなにも寒くなかったので、小雨になったところを狙っては、朝からドームの土起こしを集中的にした。
ドームの内に芝生を敷くため、粘土質の土を掘り起こしておく必要があるからだ。晴れていてはとても硬いので、雨降りを狙ってやるしかない。
カッパを着て、あまり濡れないように注意していたが、4時間ばかり夢中になっていたので、下着まで濡れているのに気づくのが遅かった。
午後2時過ぎの作業中、桑名のSさんが子どもを二人連れて来館したので、やっと中断である。 急いで着替えたが、下着はそのままで、Sさんの応対。
Sさんが帰った後、急いで着替えたが、遅かれしかな寒気がして震えが来た。 早速、温かい味噌汁を作り、薬を飲んだが、今日の昼あたりまで調子が
悪かった。 折角、土を掘り起こしたのだから、買ってあった芝生を今日中に敷いてしまわないと、また二度手間になると思い、今度はしっかり着込んで、
作業した。途中汗が結構出たが、シャツを着替えては3時間ほど頑張った。 汗をかいたせいか、微熱は下がり、午後からはずいぶん回復したが、油断は
禁物である。 まだ、早急に納めなければならない、バイトの仕事が残っているが、気力で頑張るしかない。
やはり、気は若くても年々歳を取っているようである。
昨日、毎日新聞が月に一回発行している「くりぱる」に、当館の記事が掲載されたので、興味のある方には読んで貰いたい。
Oさんの文とCさんのイラストである。この二人のコラボは、「カカポのてがみ」という童話で評価を得ているナイスコンビである。
こちらも、是非読んでもらいたいと思う。名古屋に、こんなすてきな童話が生まれていたとは知らなかったが、うれしい限りである。 

2005/11/2(水)  
秋晴れそして夜空に星
ここ数日、素晴らしい秋空が拡がっている。 朝晩は冷え込むが、日中は清々しい風が吹き抜ける。 森の緑たちも頬を染め始めた。 コスモスがそろそろ
咲き終わり、椿の蕾が開き始めた。 小さなガーデンの色彩が、秋色へと変化しているのがわかる。 午前中にドームの芝生張りが、なんとか終わった。
無事に根付いて、来春には元気な緑を見せてくれるといいのだが。 
そういえば、この数日、夜空に星がいっぱい光っている。今年の夏は、不順な天候で、あまり星が見えなかったが、替りに秋になってからというものは、毎晩のように美しい星たちを見ることができる。夜空が澄んでいるから、星がすぐそこにあるような錯覚にとらわれるくらいである。
少し欲を出して、流れ星を待った。 願いごとがあったからである。15分くらい上を向いて頑張ったであろうか、首が痛くて諦めようと思った矢先、一本の光るすじが天を横切った。 願いごとをぶつぶつ云いながら見上げていたので、タイミングはあっていたはずである。 叶うとうれしいのだが・・・。
夏に、偶然とても大きな流れ星を見たが、願いごとを云う暇もなかった。 だから昨日は、少し浅ましいが、ブツブツとなった次第である。

2005/11/5(土)  
カラス瓜が手に入る
流れ星に祈ったわけでもないのに、不思議なことに、あれほど探し回ったカラス瓜が今日手に入った。
昼前、ドームで残りの芝生を貼っていたら、地元のご婦人のグループ7名が来館された。すぐ近くにある東林寺の和尚さんの紹介であった。一時間ほどゆっくり過ごしていただいた後、少しお話しをした。帰り際に、カラス瓜を探している旨を伝えたところ、2名ばかりの方が家の近くで見かけたという。
見つけたら、ご連絡くださいとお願いしてお送りした。午後スタッフのYさんと友人のFさんが、クルマ一杯に植木を積んで持って来てくれた。
名古屋の障害者施設でバザーがあり、そこでとても安く買い求めたという。値段を聞いたら、驚くなかれ市価の一割程度の値段であった。少し枯れかけているものもあったが、それにしても安すぎると思う。そういうバザーは、支援する意味でも、逆に少し高くても協力するものだと思うが、関係者によると、それでは売れないと云う。そんな話をしていた最中、電話があった。先ほど来館された中の一人、大安町のYさんからだった。
家の傍にカラス瓜があったから、用事のついでに、すぐに持ってきてくださるということであった。 10日間ほど近くを探し回ったのに見つからなかったものが、
嘘のように手に入ることになった。電話の後、しばらくして届けられたカラス瓜は、赤い実を五つも付けた立派なものであった。Yさんに感謝である。
なぜ、カラス瓜を探していたかというと、昨年の仮オープンのとき、偶然見つけたものを美術館の入口に飾ってお守りにしていたからである。
さっそく、枯れ果てた昨年のものと入れ替え、入口に飾り付けた。 今年はあきらめかけていただけに、不思議な縁に感謝である。

2005/11/16/(水 )  
睡魔に襲われる毎日
この半月ばかりは、公私共にいろんなことが重なった。急に寒くなったこともあり、身体の調子も芳しくない。冬の準備やアルバイトなどに追われ、日記を更新したりHPを更新する作業が滞ってしまっている。夜半11時ごろにパソコンに向かうのだが、コタツを入れ始めたせいか、すぐにウトウトしてしまい、更新出来ずじまいでダウン。記録だけは取ってあるのでその内頑張ろうと思うが・・・。 おまけにパソコンのCD装置が故障してしまっているで、画像が取り込めない。
修理代に回す余裕がないので、致し方ない。
それにしても寒くなった。朝方は6度くらいまで冷え込むようになった。ガーデンの草花たちもずいぶん枯れ始めた。森は紅葉が始まっている。
この数日は、秋晴れが続いているせいか、星が見事に輝いている。いよいよ冬本番である。
一昨日うれしいこともあった。もうあきらめかけていたカラス瓜がすぐ近くで見つかったのである。毎日通っている道で、何気なく外を見ていたら、何やら赤いものがぶら下がっている。クルマを停めて近づいたら、なんと見事な赤いカラス瓜が5つくらい生っているではないか。もっと奥には10個くらい生っている。
あんなに探していたのに、おまけに毎日通っている所なのに、何故だろうかと。 おそらく数日続いた晴天と寒気で一気に色付いたせいなのかも知れない。
とにかく自力で見つけたのだから、うれしいことこの上ない。さっそく、根っこを残して実だけを持ち帰った。場所は確認したし、来年もきっと同じ場所で彼らに再会できるかもしれない。田舎暮らしの楽しみがまた一つ増えた。
もう一つ、当館の番頭である黒猫マフィー君の体重が、とうとう5Kになりました。3月に捨てられていた時は1.3Kしかなかったのに、ここでの生活が彼にもあっているのであろうか。 のんびりと食べては寝るの繰り返しだが、まぁ、来館者に愛嬌を振りまいて、お出迎え、お見送りをしてくれるので有難い。
今年もあとひと月半となったが、睡魔を克服しながら頑張ることにしよう。

2005/11/18/(金 )  
パソコン修理に出す
とうとう、しばらく前からCDの装置が故障していたパソコンを、修理に出すことにした。画像や大切なファイルがCDに保存してあるので、修理しなければ仕事にならないからである。明日、SONYが取りにくる予定だ。機械という物は、何にしてもそうだが、動かなくなったときは本当に困るものである。
僕の愛車もちょくちょく故障するが、あんなに便利なものが、動かなくなった途端に頭の痛い化け物に見えてくる。それも金のかかる代物である。
だが、それらがなかったときのことを思えば、気分も少し楽になる。便利さになれることはある意味では怖いことである。 ここでの暮らしは、名古屋にいたときに比べて、確かに不便なことが多いが、慣れてしまえばそれも快適なものである。明日からは、10日ばかりパソコンのない生活であるが、久しぶりに本でも読むことにする。
ここ数日、晴天が続いている。その分放射冷却で朝晩は冷え込みが厳しくなってきた。今朝などは4度しかなかった。
風も冷たくなってきたので、ガーデンの植木などを部屋の中に入れてやらないといけなくなった。この土地に合うかどうかは、自然に任せれば良いと思っているが、いただいた草木や花も多く、その人の気持ちを考えると、冬を越させてあげたいと思う。
一度手を加えた自然は、長期に亘り面倒を見なければならない羽目に陥る。出来れば二割位の企てで自然の生態と付き合っていけたらと思う。
もう、ずいぶんHPの更新が滞っているが、パソコンが治ってきたら一気に頑張ろうと思っているが。 今月はバイトも忙しくどうなることやら・・。

2005/12/2/(金 )  
久しぶりの更新である
この日記の更新も、なんと二週間ぶりとなる。
パソコンの修理は10日ばかりであったが、いろんな事情がありすぎて、つい、今日まで手付かずであった。 久しぶりにパソコンを開いたら、メールがかなり来ていた。お詫びをかねて返事を出すのも一苦労であった。 パソコンがないと事務処理が出来ないので困ったが、気分的にはない方が楽であった。
一昨日は、そばの藤原岳に初雪が降った。寒いはずである。 山の冬も本番となって来た。 来館者も殆ど来なくなり、これからはドーム造りとアトリエ造りに
追われる毎日である。外での作業が続くが頑張るしかない。 春までには完成させる予定である。
昨日、横浜に住んでいる小学校の同級生Kさんが、クリスマスローズの苗を送ってくれた。 Kさんは、当初からマフィーの為に何かと支援してくださる。
小学校卒業以来、40年余りも会っていないのに不思議な縁である。クリスマスローズは、僕の大好きな花であるが、どうしてわかったのだろうか。
さっそく、ドームの片隅に植えたが、2月頃の開花が楽しみである。
それにしても、最近は特に許されざる犯罪が増えている。 赤子の手を捻るような、人にあるまじき犯罪が多発し始めている。
犯罪者を責めるのは容易だが、このような事象は、我々社会の問題として受け止める必要がある。原因をさぐればきりがないが、自分のこととして考えて
見る必要はあるであろう。 平和で治安の良かった日本が、急速に悪化していく気がする。 哲学舎としても、役割としてできることをしていかねばと思う。

2005/12/7/(水 )  
哲学舎通信の更新がなかなかできず
パソコンが治ってきたのだが、やることが溜まっていて、哲学舎通信の更新が滞っている。この日記も毎日書くことが難しい状況である。
ディスプレイのバイトが立て込んでいたせいもあるが、冬の準備や体の調子が芳しくないやらで、少し集中力を欠いているのかもしれない。
ここで、本格的な冬を越すのは初めてである。数日前から、藤原岳にはうっすらと雪が積もっている。風も肌を刺す冷たさである。 じっとしていると、暖房していても寒いくらいなので、とにかく動いて作業をするようにしている。美術館も住まい部分も、なぜか隙間風が入ってくる。朝などは、部屋の中の温度が外界と変わらぬほどである。こうしてパソコンを打っていても、指は寒さでかじかんで来るほどである。 しかし、この現実に慣れていかねばならない。
慢性鼻炎で大変な黒猫マフィー君も、ほとんどストーブの前から動かない。少しかわいそうになって、彼の為にホットカーペットを敷いてやった。
石油ストーブが足りなくなってきたので、壊れていたものを分解して修理したが、なんとか使えそうなので助かった。
こんな調子が続いているので、更新は年末になるやも知れぬ。

2005/12/10/(土 )  
夜回り先生の本を読む
昨日は、小さな台風でも来たのかと思うほど風が強く寒い一日であった。玄関前の手製の開き戸が見事に倒され、午前中は修理に追われた。
スタッフのYさんが、昨日「夜回り先生」(水谷修)の講演ビデオと本を2冊持って来て、とてもいいから読めと言う。TVはアンテナがないので観れないが、ビデオは何とか観ることができる。昨夜はそのビデオを観た。先日NHKの番組で放映されたものであった。
一時間半くらいのその内容は、僕に少なからぬ衝撃を与えた。その余韻で、今日2冊とも一気に読んだ。簡潔で子どもたちにも読みやすい構成になっていたが、逆にその構成がインパクトを持って、こころに引っかかっていく。 とにかく、皆さんにも是非読んで頂きたい一冊であると思う。
以前より、子どもたちの諸問題は、すべて大人や社会の責任であるという思いが強かったが、この本を読んで、新たに自分が大人であることを益々
問われてしまった。 本に書かれている実際の事例以外に、何万、何百万という過酷で悲惨な子どもたちの現実があることは、容易に想像がつく。
1972年に「期待される人間像」が発布されて以来、過酷な子ども時代を、何とかすり抜けて大人になった最初の世代が、今や40代である。
その世代の子どもたちが、どのように育ってきたかは、現実が物語っているだろう。
この10年余り、僕ら団塊世代を含め、生きる希望や夢を見出せないまま、笑顔さえ忘れてしまった大人たちが増えてきている気がするのは
僕だけなのだろうか。
今後はたとえ微力でも、「哲学舎という名の美術館」の役割が、一層求められているのだろう。
哲学舎はまだ基礎固めの段階ではある。 しかし、二年目にあたる来年は、もう少し踏み込んだ企画をせねばならぬであろう。
夜回り先生の本を読んで、そう自分に言い聞かせた一日であった。

2005/12/17/(土 )  
寒さ堪えて
ここ数日、毎日のように雪が舞う。今夜は先ほどから降ったり止んだりである。予報によると、今冬最大級の寒波が来ているらしい。
12月の降雪量としては記録らしい。年々暖冬のせいで雪が少なくなったと聞いていたが、自然界の動きは、人間の予想を超えたところにある。
ここに来て冬を越すのは初めてとなるが、寒がりの僕にはかなり厳しい冬となりそうだ。 外での作業は動いているから、何とか持ちこたえられるが、逆に室内の方が、ストーブを焚いていても寒さが堪える。住まいにしている建物は、1F部分が鉄骨の板張りである。窓はサッシであるが、どうも隙間風がどこからか入ってくる。朝などは外気と同じ温度である。今朝はもちろん零度の室内であった。石油ストーブを焚き、ホツトカーペットを点けていても、7〜8度である。
2F部分は一部屋ある。寝室兼パソコンの作業部屋である。コタツを入れて事務作業をするのだが、こうして入力していても、手がかじかんでくる。
おかげで、子どものとき以来出来たことのないあかぎれが出来てしまった。やはり石油ストーブだけでは追いつかない。
雪国の家で薪ストーブを炊くのがよく分かる。 全館薪ストーブにしたいが、そんな余裕は当分なく、寒さに堪えて春を待つしかないのである。

2005/12/18/(日 )  
雪は降る
「雪は降る」こんなタイトルの歌があった。数十年前によく流行ったアダモの歌である。
昨夜は星も月も出ていたのに、今朝起きたら10cmくらいの積雪である。 天気予報から、かなり降るであろうと予測はしていたが、あっという間に積もったらしい。 10時頃には雪も止み、太陽が顔を覗かせてきたので、雪かきをして開館に備えたが、雪かきを終える頃には再び暗雲が立ち込め、真っ白なサラサラした雪が勢い良く降り始めた。 30分程で新たに2cmくらい積もった。こんな状況では閉館するしかない。結局午後から閉館とした。
もちろん、雪の降る日は誰も来るはずはない。「雪は降〜る〜、お客は来ない」である。雪ダルマを作ろうとしたが、サラサラで固まる気配もない。
そんな訳で、今日は一日部屋の中で事務作業に専念。もう深夜だというのに、まだ降り続いている。昨日買い物に出かけたとき、多分今日は車が動かないであろうと思い、一日分のおかずを買い込んだが、まさか明日も閉じこめられるとなると、明日はごはんと梅干、焼き海苔だけで過ごさねばならない。
何とか止んでくれるといいのだが。 タイタチェーンも買いに行けないのでじっと我慢するしかない。しかし、たまにはこんな日々も良い経験になる。
雪はしんしんと降るとは良く云ったものである。今、外はまさに音一つなくしんしんと真っ白な雪が降っているのである。

2005/12/19/(月 )  
ここは雪国か?
朝起きたら、外の気配がシーンとしている。すりガラスの向こう側がやけに明るい。昨夜から降っていたから、また少しは積もったかなと思い窓を開けたら。
一面の銀世界とは、このことを云うのであろうかというほど見えるもの全てが真っ白である。庭の木々の緑も見えない。もちろん地面など玄関先を除いて
すべて真っ白である。メジャーで計ってみたら40〜50センチはある。 おまけにまだまだ降り続いていたのである。 大学生のとき以来スキーはして
いないが、スキー場を思い出させるほどの雪景色であった。 雪かきをしてもまた無駄になるからと思い、作業をあきらめ家の中で溜まっていた仕事を
することにした。 TVも新聞もないので、PCの天気予報でレーダーとにらめっこしながら、状況を把握した。 午後の2時頃までは降り続いたであろうか。
レーダーを見て峠は過ぎたようだったので、さっそく雪かきに取り掛かった。明日は名古屋に用があるので、車を出さねばならない。
家の駐車場から道路までは30Mあまり。幅2Mである。雪は50センチある。意を決して取り掛かったが、何とか終えるのに3時間かかった。
手首は痛いし、足は霜焼けに近い。5時頃、またパラパラ来たので、とりあえず車を道路のすぐそばまでスリップしながら移動した。
チェーンもないし、ましてやスタットレスタイヤはない。 多分、明朝は道路が凍結しているであろう。 何とか晴れて、昼までには道路だけでも溶けて欲しいと
祈るばかりである。 おまけに、おかずも買い込んでいなかったから、今日は一日梅干と焼き海苔、先日もらった大根の味噌汁だけであった。
まさに精進料理である。 自然の力の前に、人間の小さきことを教えられた二日間であった。 この冬は、ここは雪国になるかもしれない。

2005/12/22/(木 )  
雪に教えられる日々
昨夜から風が強いと感じていたが、夜半を過ぎたあたりから、寝床の中にまで風の荒れ狂う音がして眠りを邪魔された。 まるで台風のときを想い起させる
ような強風であった。 まさか雪の方はそんなに降っていないだろうと思ったが、朝、起きてみてびっくりである。 また、20センチほど積もっている。
PCで天気予報を見ると、今夜まで降り続くとある。 外出はあきらめ、美術館も休業し、家の中で作業することにした。この4〜5日は、まるで引き篭もり
状態である。 夕方、少し小降りになったので、無駄だとは思ったが、運動不足にならないよう雪かきをした。 案の定、6時頃から急激に降り出し、
9時頃には40センチの積雪となった。 こんなに、雪とお付き合いさせていただくのは、生まれて初めてである。
名古屋にいた頃は、雪が降るとうれしかった。大人になってからも、雪を見るといろんな想いがこころを巡ったものである。
確かに、雪の美しさは僕の目もこころも楽しませてくれる。 だが、ここでの雪は明らかに何かが違う。「きれいだな〜」と見入っている余裕はないのである。
生活に直接関わってくるからである。 生活に視点を置くと、雪はやっかいな代物となる。 何時間も雪かきをしたり、草木の雪払いをしたり、食料の調達の
ために車を整備したり、水道管を保護したりと、時間も体力も余分に消費させられるのである。 雪国の人々は、毎年のことだから備えや知恵が豊富で
あろうが、そうでない僕にとっては、今のところ難敵である。 ここで、ずっと生活していくのであるから、雪から多くを学ばねばならない。
ラジオのニュースで、名古屋も再び大雪が降っていると聞く。さぞかし、都会での積雪は大変であろうと思う。
それにしても、年々、観測史上初めての何々という気象の記録が増えていくようであるが、その原因の一つに、人間の仕業がやはり入っているような
気がしてならない。

2005/12/25/(日 )  
サンタさんがくれたXmas Party
先週の日曜日から毎日のように雪が降り続いていた。昨日も朝から降り始め、また20センチくらい積もった。夜まで降れば、楽しみにしていた
クリスマスパーティを中止にせざるを得ないと思っていた。なんとか夕方あたりから小降りになり、7時頃には止んだ。 天気予報は、日曜日は晴れの予報で
あったが、山の天気は移ろいやすいので、心配で堪らなかった。 仕入れや準備も済ませ、サンタさんに「晴れますように」と祈りながら床に就いた。
今朝7時半頃起きたら、窓の外がやけに明るい。もしや太陽が出ているのではと期待して窓を開けたら、東の空にまぶしいほどの太陽が輝いている。
空には雲一つない青空が拡がっている。 祈りが通じたのかもしれない。「ありがとう サンタさん」である。 さっそくPCで天気予報を確認したが、今日は
一日晴れとあり胸を撫で下ろした。 前の道路に出てみたが、やはり凍っていた。このまま太陽が照っていれば、昼頃には溶けるであろうと思ったが、
心配になり、坂道の氷をスコップで一時間ほど割って歩いた。 気温も上がり、昼前には路面の氷も溶け、ノーマルタイヤでも大丈夫となった。
参加者からの問い合わせに、大丈夫だと云っていた手前、一安心であった。
3時頃からみんなが集まり始め、パーティが始まる頃には、30数名が集まってくれた。 子どもたちの雪合戦、楽しい自己紹介、絵本の読み聞かせ、学芸会のようなライブ、ジャンケンゲーム、黒猫マフィー君のプレゼント紹介、クリスマスソングの合唱など、あっという間の3時間であった。
一週間の間、ほとんど顔を見せなかった太陽が、今日は一日中ニコニコ笑っていた。 サンタクロースがくれた素敵なプレゼントに感謝であった。

2005/12/27/(火 )  
峠を越えると、そこは雪国だった
 一昨日の快晴は、やはりサンタクロースがくれた素敵なプレゼントだったようである。昨日の朝から、再び雪が降り始め、今もまだ降ったり止んだりが続い
ている。新たに20センチばかり積もった。昨日からの雪は、水分が少し多いようで凍るまではいかない様子だが油断はならない。
もう10日間も、雪が降ったり止んだりで、庭の草花たちの上には白い化粧が施されたままである。こんなに続くと、全部やられている気がして哀しくなる。
雪かきは毎朝しないとどうにもならないので、腰は痛いが一時間ほど頑張ってやっている。 雪かきしても、またすぐに積もるのだから、無駄なように
思えるが、今回の経験でそれが無駄ではないことが分かった。するとしないとでは溶けるスピードが全然違うのである。
今日用があり、名古屋方面に出かけたが、多度山脈を越えたあたりから、天候が急に晴れて、今までの真っ白な世界が嘘のようであった。
ここから、たった20分ほど走っただけなのに、こんなにも違うのかと驚かされる。帰りには、9時頃に多度山脈を越えたが、そのあたりから、少し吹雪いて
再び雪国のような銀世界に舞い戻ってしまった。10日間も雪のある生活をしたのは、生まれて初めてである。
雪景色が美しいなどと云っていた余裕が、段々なくなってくる。 外での作業が全く出来ないので、スケジュールが狂ってしまう。
今年の冬は、雪から学び取ることが多そうである。

2005/12/30(金 )  
雪は溶けず
 昨日、一昨日と久しぶりの太陽が顔を覗かせた。30センチばかり積もっていた雪も、今日は10センチまで溶けた。水分を帯びた雪は、まるで氷のように
硬く重い。屋根からは積もっていた雪の塊が、ドスンと音を立てて落ちてくる。頭に落ちたら怪我をするくらいである。 庭の草花の上には、まだ白い
塊が一面覆っている。もう二週間近くも雪の下にいるのだから、駄目になっているかもしれない。今日は晴れ間を利用して大掃除をしたが、10日間の
雪かきの疲れが腰に溜まっているようで、半分しか出来なかった。大雪で作業スケジュールが大幅に狂ってしまったが、明日一日晴れてくれることを願う。
だが、今、外はかなり強い風が吹いていて、冷え込みも厳しくなってきたので、今夜もまた雪かもしれない。生まれてはじめての、ホワイトクリスマスと
ホワイトニューイアーである。

2005/12/31(土 )  
年越し猫
 今年も、あと数十分で暮れる。山での年越しは今年で二回目である。昨年の大晦日はなんとなく落ち着かなかったが、今年は実にのんびりしている。
雪が止んで三日経ったが、ガーデンにはまだ10センチほどのシャーベットが残っている。草花たちが心配だが、彼らの生命力を信じて春を待つしかない。
午前中に美術館の大掃除を終え、午後は近くの東林寺へ手伝いに出かけた。高齢の和尚には世話になったので、せめてものお返しである。
地区の当番の人たちが10人ばかり手伝いに来ていたが、邪魔をしてはいけないので、僕はもっぱら道路の雪かきに2時間余り専念した。
ここより高地にあるため、道路の雪はアイスバーンになっていて、鉄製のスコップじゃないと割ることが出来ない。大変であったが、この10日余り経験した
雪かきの要領がとても役に立った。夕方帰宅し、正月の食料を少しだけ買出しに出かけた。年越しそばも買ったので、さっき茹でて黒猫マフィー君と
一緒に食べたところである。マフィー君にも大晦日の雰囲気が分かるのか、今夜はよくしゃべる。もちろん猫語であるが、僕には何となく理解できる。
捨てられ迷い込んでから、早くも9ヶ月が過ぎ、彼も僕と同様にすっかりここの住人となった。今は僕の横でコタツに入って、一緒に除夜の鐘を聞いている。
静かでのんびりした年越しである。

2006/1/5(木 )  
真っ白な雪がいつのまにやら氷と化す
 真っ白な世界が拡がった正月を迎えたのは初めてである。それにしても、よく降る雪である。確か先月の18日あたりから降っている。もう二週間以上も
雪の世界に住んでいる計算だ。その間、太陽が顔を見せたのは、三日ほどしかない。昨日は晴れ間が長かったので、屋根の上の雪はほとんど解けたが、
庭にはまだ10センチばかりのシャーベット状の雪が残っている。草花たちが心配で花壇の雪かきを少しだけしたが、雪というよりは、氷の塊に近い状態の
雪で、水ほどの重さがあった。こんなにも重かったら、枝が折れるはずである。ましてや、花や小枝は全滅かもしれない。 毎日のように、雪国における
雪かきに関した事故がニュースで流されているが、体験してみて初めて分かる事故である。 こんなにも大変な毎日が続くと、雪がきれいだなどと悠長に
構えているわけにはいかなくなって来る。正月明けから始める予定であったアトリエの工事も、雪解けまで延期せざるを得ない状態である。
観測史上初の大雪らしいが、近年の一連の異常気象を考えると、次の冬も大雪の可能性がある。今回の体験を生かして、早目の準備をしなければ、
また苦労することになるだろう。 いよいよ7日から、美術館が開館するが、早く溶けて欲しいと天を仰ぐ毎日である。

2006/1/8(日 )  
春よこい、は〜やくこい
 一昨日の夜から降り始めた雪が、昨日の朝には再び10センチ積もった。 再び雪かきの苦行である。 こんなにも連続で雪かきをするのは、まさに
修行といって良いほどである。 一日も経たない内に、すぐ元通りの真っ白な世界になることが分かっていても、安全や生活道路の確保のためには
欠かせない作業である。数日晴れれば溶けてしまうであろうなどと、名古屋育ちの僕は思っていたが、山の現実はそんなに甘くはない。
昨日など、昼間の太陽が道路のシャーベットを随分溶かしてくれたが、夜の8時頃から急に温度が下がり、あっという間にスケートリンクに変わってしまった。
ここでさえ、こんな状態なのだから、北陸や東北の豪雪は報道をされているよりかなり過酷だと想像がつく。雪の被害による死傷者も千名を越えたようだ。
どんなに文明や技術が発達しても、雪かきを手作業でせざるを得ないというのは皮肉なものである。 そんな中でも、白川郷の合掌造りが豪雪で崩壊した
という話は聞こえてこない。先人たちの知恵の深さに敬服するばかりである。
ここに雪が積もってから早や20日が経った。 「春よこい、は〜やくこい、歩き始めたみ〜ちゃんが・・・」という童歌を思い出したが、み〜ちゃんの想いは
現在豪雪で苦しんでいる全ての人に、共通する想いであろう。 確かなことは、み〜ちゃんが自然の力に逆らわず、じっと待ち続けたということであろうか。

2006/1/11(水 )  
アトリエ造りに着工
 3日前から雪が止んで晴れの日が続いている。まだ庭には10センチほどのシャーベット状の氷のような塊が残っている。
気温が上がらないので、溶けるまではまだ一週間くらいかかりそうである。しかし、待っていても埒があかないので、とりあえず出来る事から始めようと思い
昨日からアトリエ造り着手した。鶏舎をアトリエと倉庫に改装するのである。 数年前から放置されていたものであるから、その荒廃ぶりはすごい。
鉄骨とトタン屋根は何とか大丈夫そうであるが、支柱や梁の木材は傷みが激しい。 現状は四畳半ほどの大きさに3つ分かれている。 引越しをしてからは、
手をつけずに物置として利用していた。 雑然といろんなモノが詰め込んである。工事の間、それらを外に出しておかねばならないが、雪があっては
それも叶わぬ。 昨日今日と、金網を取り払い、下に積もっていた鶏糞を取り除く作業に終始したが、まだ半分も片付かなかった。
頭の中にはデザインが描かれているが、資金も材料も不足しているので、まぁ、ゆっくりとコツコツ造っていこうと思う。

2006/1/14(土 )  
恵みの雨か
昨日の夕方から降り続いていた雨が、丸一日降ったところで止んだ。 ひと月近く残っていた庭の雪も、この恵の雨で随分溶けてきた。
冷凍庫に入れられたような状態で、雪の下で我慢していた草花たちは、果たして元気であろうか。 明日は晴れそうであるから、彼らと再会できそうである。
それにしても、今回の大雪は各地にかなりの被害をもたらしている。毎日のように、雪かきや雪崩による被害の報道が相次いでいる。
名古屋に住んでいた頃は、雪かきなどは人事であったが、今ではその苦労や危険さが少しは分かるようになった。老人たちが、それに対処するには危険
過ぎることは云うまでもない。 だが、いのちを賭けても雪かきをせざるを得ない状況を何と考えたらよいのか。過疎化の問題だけでもあるまいと思うが。
今はまだ真冬の最中である。もうこれ以上雪が降らないで欲しいと願うのは、僕以上に雪国の人たちであろう。彼岸までは、あとふた月余りである。 

2006/1/20(金 )  
アトリエ造りに精を出すも
幸いにも、ここ4〜5日は雪も降らず、何とか晴れの日が続いた。鶏舎をアトリエにする作業が始動した。
といっても、そんなに大袈裟なことではなく、10坪ほどの鶏舎をアトリエと倉庫と作業場に改装しようと思っているだけである。 しかし、これが結構大変な
作業である。 倉庫代わりにいろんなものを詰め込んでおいたが、それらをすべて外に出す作業で3日間費やした。 おまけに想像以上の鶏糞である。
完全防備の服装でも、作業は難航であった。 柱を残して、ほとんどは焼却処分である。 そのゴミを燃やすのに、3日間必要であった。
今日は、Yさんが手伝いに来てくれたので、ホースで内部を水洗いした。 先日、近くのホームセンターで安売りしていたガーデン用の30Mホースが、
とても重宝した。一週間で、内部のゴミ捨てやら、鶏糞の処理が何とか終わった。 鉄骨と柱を残してがらんとした小屋が現れた。
さっぱりしてくると、またイメージが湧いてくる。 当初は、土間のままでも面白いかなと思っていたが、片付けてみたら、そんな訳にはいかないほど粗野だ。
やはり、木材の床を作らねば何かと困るであろうと考直させられた。 思ったほど簡単には行きそうにない。 材も資金も底をついている。
当分、頭の痛い日が続きそうである。 

2006/1/25(水 )  
ご協力を求む
大雪に始まり、今年も厳しい門出となりそうである。 冬場は来館者もほとんどなく、アルバイトも春まではない。 のんきな僕も、この現実の厳しさに少し
参っている。 鶏舎の傷みが思った以上にひどいのである。 みんなが使用できる多目的なアトリエにするには、天井は吹き抜けでも構わないが、
床と壁を造らねばならない。 新品の材木など、とても買う余裕がない。 廃材を探しているが、なかなか適当なのが見つからない。
そこで、この場を借りて、みなさんのご協力を仰ぎたいと思います。
● 角材や杉板などの廃材
● 使用済みのレンガ
などの情報があれば、ご協力をお願いします。 ご連絡は mafy@fuse-net.com まで宜しくお願い致します。    

2006/1/30(月 )  
有難い
物事には、不思議とタイミングがあるようだ。鶏舎の片付けと掃除が終わったが、工事にかかるには資材がいる。
困っていたところに、近々取り壊す家があるという情報が入り、この数日古材を車に積めるだけもらってきた。 板材は少なかったが、使えそうな家具が
かなりあった。昨日は、久しぶりの晴天。 暖かかったので、それらを洗って乾燥させきれいに磨いた。 
また、新たな申し出が2件あり、工事現場で余った端材を取りに来いという。 希望の材があるかどうか分からないが、うれしい申し出である。
今夜は、いつも協力を惜しまない名古屋の大工さんであるHさんが、余ったベニヤをくれるというので、取りに行く予定である。
トラックがあれば一度で済むだろうが、我が愛車のバンで往復するしかない。 どこかに軽トラでも落ちてないかな〜、などと思ってしまう。
それにしても、昨日は春を思わせる暖かな陽気であった。 ガーデンの雪も、日陰を除いてすっかり解けた。 梅やサクラなども赤い芽を吹いている。
雪の重みに耐えていた、クリスマスローズも新しい芽を出している。 ひと月もの間、氷のような雪の下に閉ざされていたのに、草花たちは本当に強い。
目には見えないが、土の中でしっかり根を張っているのだ。 人間も目には見えない部分で、しっかりと根を張らないと、世間というものに負けてしまう。
世間というものは、天候と一緒で移ろいやすいものである。 哲学舎も、しっかりと根を伸ばさねばと思う。

2006/2/5(日 )  
寒さに参る
昨年の冬は寒かったといっても、これほどまでには冷え込まなかったl。  ここしばらく、毎朝零下3度くらいの日が続いている。
昨日などは、夕方の4時過ぎに零下となったくらいである。 おまけに雪が降り出し、今朝は3センチほど積もっていた。
年末の大雪に比べれば、大した雪ではない。しかし雪の質が違っていて、あられのように固い。すぐに氷状になり、道路はアイスバーンとなる。
スノータイヤは雪には強いが、アイスバーンには却って弱いらしい。 慣れないので、もう数回スリップした。事故にはならなかったが、車は傷ついて
しまった。 雪より氷のほうが怖いという、新たな発見であった。 都会では体験しなかった多くのことが、ここでは生活の中で、経験として鍛えられる。
アトリエの工事も、寒すぎて中断状態である。 灯油の量も増えるし、電気代も夏の倍である。 
この寒さには参っている僕だが、庭の草花たちが小さな芽を出しているのを見ると、頑張らねばと思うのだが・・・。

2006/2/25(土 )  
冬眠から覚めやらず
数日前には、突然春のような陽気がやってきたのに、昨日から、再び冬に舞い戻ってしまったようである。
この日記を更新するのも、久しぶりである。 1月2月は来館者が殆どないので、生活のためにはバイトしなくてはならない。
この3週間余りは、バイトや美術館の作業で、夜ともなると疲れが出てしまい、すぐに床に入る始末であった。おまけに厳しい寒さで、体調がすぐれず
気力は冬眠状態であった。 だが、今日、庭で作業していたら、ふきのとうが顔を覗かせていたのを発見し、なんだか元気が出てきたようである。
しかし、体の調子は余り芳しくなく、冬眠から覚めやらぬ状態である。 気分だけでも春を楽しんだ一日であった。

2006/3/2(木 )  
霰(あられ)が降る
庭で作業していたら、急に雲行きが怪しくなり雨のようなものが降ってきた。色が少し白かったので、「また雪かな」と思っていたら、ポンポン跳ねるので
霰だと分かった。ガーデンの草花たちも新芽を伸ばしていただけに、びっくりしたであろう。山の春は、まだ先かもしれない。 梅は蕾を膨らせたままで
まだ開こうともしていない。この寒さに戸惑っているようである。 しかし、片隅ではふきのとうが沢山顔を覗かせてきた。 天麩羅にして食べると美味いら
しいが、てんぷら油もナベもないので見て楽しむだけになりそうだ。 今年はいろんな意味で、とても厳しい冬であった。 本当の春が待ち遠しいのは
僕だけであろうか。 

2006/3/12(火 )  
木の芽起こしの雨
まだまだここは、三寒四温とはいかないが、それでも庭で作業していると少し汗ばむほどの陽気になってきた。今日は、昨日からの雨が降り続いていたが
気配は春雨である。チューリップも顔を覗かせ始めたし、ボケの木は赤い実を付けている。三週間前あたりから膨らんだ梅の芽が、寒の戻りに戸惑っている
のか、なかなか花開こうとはしない。 うれしいのは、暮れに横浜のKさんからいただいたクリスマスローズが、無事に花を咲かせてくれたことである。
大雪の中、ひと月余りもシャーベット状態の雪下に押し込められていたので心配していたが、その生命力に驚かされる。
うつむき加減に咲く白い姿は、贈り主のやさしさを伝えているようである。 おまけに、今日はスタッフのYさんが、義理の妹さんから、花や植木を車一杯に
積んでもらってきてくれた。さっそく植えたが、庭の雰囲気がずいぶん賑やかな感じになってきた。 草花に関しては素人の僕だが、なんとかうまく育て
られるよう頑張らねばならない。 いつの日か、少しでもターシャの庭のようになればと思うが、10年は掛かりそうである。

2006/3/19(日 )  
春の嵐
数日続いた春の陽気に、身体も少し元気になってきていたのだが、昨日から急におかしくなった天気のせいで、また調子が狂ってしまった。
昨日は朝から強風が吹き荒れ、まるで春の台風といえるものであった。今日などは、夕方から降り始めた雪が、12時近くには数センチも積もってしまった。
庭で芽を出していた、チューリップや水仙たちは、ずいぶん戸惑っているだろう。梅の蕾は、もう2週間も閉じたままである。
12月半ばから雪の日が多くなったが、かれこれ4ヶ月余りも雪と付き合っていることになる。 名古屋にいたときには考えられない自然環境の変化である。
ここに来て2年が過ぎたが、身体はまだ慣れるところまではいかない。 今月はバイトで無理をしたせいもあるが、アトリエ造りへの気力がなかなか湧いて
こない。 夜は疲れが出てしまい、この日記や哲学舎通信の更新が遅れ気味である。 暖かくなれば元気が出そうであるが、早く本格的な春になって欲しいものである。
来週の26日は、哲学舎の一周年である。 気力を振り絞って準備にかかろうと思う。 とにかく無事に一周年を迎えられるのも、多くの方のご支援と
励ましがあってのこと、改めて感謝の気持ちが込み上げてくる今日この頃である。

2006/3/27(月 )  
一周年パーティも無事に
この一週間は、昨日の一周年パーティの準備に追われていた。 土曜日は美術館に出展していてくださっている石川県のWさんが、山登りのグループの
方たちと来館された。藤原岳に登った帰りだという。見送ってから急いで準備に取り掛かったが、深夜までかかってしまった。
土曜日は本当に暖かな天気であったが、昨日は朝からうす曇。でも雨が降らなかったのには助かった。
4時頃から、みんなが集まり出し、だんだん賑やかに。子どもたちは、スタッフのYさんの造形教室で花器のペイントに夢中になっている。
大人たちは、飲み食いをしながらのんびりとリラックス。 ほぼ全員が揃ったところで、自己紹介が始まり、静岡から来てくれたIさんの音頭でめでたく乾杯。
恒例のAさんによる絵本の読み聞かせには、大人たちも感激していた。6時頃から楽しいライブが始まった。 毎回新しい演奏者が増えていく。
Hさんのソロピアノ、小学生M君のギター、中学生Hさんのサックス演奏、TさんとYさんのリコーダーとピアノの合奏、Sさんのピアノ、F君とW君の歌、
そして、最後の方はプロのYANOさんによるJAZZピアノ演奏、IさんとKさんのギターセッションなど。とにかく、あっという間の一時間半のライブだった。
初心者もプロも、うまいもへたも関係なく、音楽はいいな〜っていう学芸会ライブである。次回はもっと沢山の人が、初ステージを経験してくれることを願う。
最後は、記念撮影をして無事にパーティを終えることが出来た。 沢山の差し入れやカンパ、料理のお手伝いをしてくださった方々など
多くの人たちに支えられて感謝の至りである。

2006/4/6(木 )  
桜ちらほら、春到来
この一週間は、アトリエ造りの作業に追われている。当初からボランティアで手伝ってくれている大工のHさんの、休みのスケジュールに合わせなければ
ならないからだ。材料集めや下準備などバタバタしている。ここ数日は、初めての経験となる床を張るための下準備で四苦八苦であった。
ここも暖かくなったとはいえ、夜はまだコタツやストーブ無しでは過ごせないほどである。すぐ近くの藤原岳は、まだ雪を抱いたままである。
しかし、数日前からガーデンの桜が蕾を開かせ始めた。何ともいえない薄くて淡い桜色の花びらが、ちらほらと姿を見せ始めた。水仙も沢山黄色い花を
つけている。ボケの木は枝一杯に深紅の花びらをまとっている。チューリップも10センチほど緑の葉を伸ばしている。 いつのまにかムスカリの紫が沢山
出てきている。 2年目に入ったモッコウバラの枝にも若葉が付き始めた。すみれや名も知らぬ草花が可憐に咲いている。
2年目に入ったガーデンは、少しだけ庭らしくなったかもしれない。10年計画の庭造りだから、あせらず試行錯誤を繰り返しながら楽しみたいと思う。

2006/4/12(水 )  
木の芽起しの雨がつづく
二日前から終日雨が降りつづいている。今日の夕方には何とか止み、風も穏やかになったようである。
黒猫のマフィー君も散歩に出たがったので、夕方になってから、近くを散策した。 いつも通る道が二箇所も通行止めになっているくらいだから、かなりの
雨量があったようである。 森の中に入っていくと、三日前とは様子が違い、小さかった苗木たちが急に背丈を伸ばしている。葉っぱもかなり色が濃くなった
気がする。森の匂いが変わっていた。道端では、沢山のムスカリが顔を出している。駐車場にあるソメイヨシノは五部咲きだったものが、今日は満開と
なって、見事な桜色を描いている。もしも明日晴れたなら、最高のお花見になるのだが。恐らくこの一本の老木のことは、地元の人でさえあまり気にも留めて
いないようであるから、僕とマフィー君とで贅沢な花見をさせていただいた。 哲学舎の庭にある枝垂桜も、蕾を三部ほど開かせている。桃の蕾も膨らんだ。
小さな草花たちは、うれしそうに一斉に背伸びをしている。がけ崩れを誘引するほどの雨も、彼らにとってはいのちを輝かせる恵みの雨なのである。

2006/4/19(水 )  
春爛漫・しだれ桜満開
はっきりしない天気が続いているが、気温は確かに上昇してきている。数日前の雨で、ガーデンの草花たちが一斉に花を開き始めた。
先月初めに植えたチューリップの球根が、美しい姿を現してきた。バラも赤い蕾を付け始めた。タンポポやカラス瓜も花を咲かせている。
桃は透き通るような美しい花を咲かせたし、しだれ桜は昨年よりも多くの花を咲かせ満開となった。ムスカリは次々に新しい芽を出している。
ボケも赤い花を沢山付けている。水仙はもう終わりかけているが、すずらんは可憐な姿で自己主張をしている。ギボウシは若葉を大きく伸ばしている。
名前は分からないが、スミレの様な可憐な花があちらこちらで顔を覗かせている。今日は、初めてウグイスが鳴いたし、モンシロチョウも姿を見せた。
夕方からは冬眠から醒めたのか、アマガエルが鳴き始めた。 しかし、この暖かさでカメムシが異常に多くなったのには参っている。カメムシは部屋の中に
入りたがるのか、部屋のあちこちに出没する。さわったり踏んだりしなければ匂わないのだが、知らずに踏んだり触ってしまうと、その異様な匂いに
悩まされる。僕は慣れて来たのだが、来館者はきっと迷惑していることであろう。だが、あと少しのことである。これも春の匂いだと受け入れることである。
名古屋にいた頃は、花粉症がひどかったが、ここではほとんど悩まされることがない。花粉症は杉花粉のせいなのか、疑わしいものである。

2006/4/21(金 )  
新しい出合いの芽がふくらむ
今日は、朝から風と雨が強く気温も下がった。満開だったしだれ桜は風の重みに耐えかねて姿を変えてゆく。
数日前から咲き出した庭の草花たちも、身をすぼめて戸惑っているようだ。春の嵐とはよく言ったものである。それにしても、昨年と比べると四月も後半に
なろうかというのに、まだストーブをしまうことが躊躇される毎日が続く。
それでも、少し暖かくなったせいか、平日の来館者がちらほらとある。先月までは、平日の来館者は殆どないに等しかった。この地方の雑誌に掲載された
こともあろうが、昨年の新聞記事を大事に切り抜いて持ってきてくださる方もいる。 口コミで訪ねてくださる方もちらほら出てきた。
来館された方とは、カフェでお茶をしながら語り合うように心がけているが、大体有意義な楽しい会話になることが多い。
そんな中から、うれしいことに美術館への出展者が数名現れたのである。 今までは会員の方や知人にお願いする形で募っていたが、自発的に参加の
意思表示をされる方たちが現れてきたことは実にうれしいことである。 一年が過ぎ、哲学舎の存在意義が少しずつ理解され始めたのかもしれない。
植えた苗木が何年もかかって成長していくように、哲学舎の活動もゆっくりと育てたいものである。

2006/4/28(金 )  
ウグイスの初鳴き
久しぶりの青空が拡がった。昨夜は、まだストーブなしではいられないくらい寒さを覚えたが、今朝は春らしい暖かさに包まれた。
この一週間もやることが山ほどあり、少しバテ気味である。連休中に大工のHさんが一日だけ来てくれるというので、作業の下準備に追われていた。
ベニヤを取りに行ったり、トタンを外したり、廃材を集めに回ったり、なんやかんやと忙しい毎日である。
この陽気で、ガーデンの様相が賑やかになってきた。タンポポが咲き出し、蝶々も飛び始めた。冬眠から醒めたカエル君たちが一斉に合唱を始めた。
もちろん名もなき草たちもすごい勢いで伸びている。中には可愛らしい花を付けるものがあり、抜くのが憚れる気もする。
先日来館された桑名のNさんが、その可愛らしい名もなき花を持ち帰って、その名を調べて知らせてくれた。「垣どおし」という山野草である。
クローバはものすごい勢いで増殖している。僕の好きな草花なのでほとんど勢いに任せているが、芝生が負けてしまうので少しだけ刈り取った。
今日初めて、昼前に森からウグイスの鳴き声が聞こえた。昨年はおぼつかない鳴き方だったが、今年は初めからしっかりと鳴いている。
あのヒナも大きくなったんだと嬉しい気がする。いよいよ本当に春到来である。
明日から、巷は連休である。ここにはどれだけの来館者が来るのであろうか。まだ名もなきままの美術館であるが、きれいに咲いていたいと思う。

2006/5/4(木)  
新しい風
今日は連休二日目、快晴であった。めずらしく五組の来館者があったのである。初めての来館者は三組。
それぞれにお話をさせていただいたが、気持ちの良い方たちばかりであった。昨年の連休は、数組しかなかったので、とりあえずの前進である。
種を撒いて芽が出るのに時間がかかるように、哲学舎の種も、ゆっくりだが芽を出し始めているのであろう。コツコツと地道が大切であろう。
今日は、スタッフのYさんが、ねっこクラブの高校生を二人連れて、アトリエ工事の手伝いに来てくれた。トタンをばらしたり、荷物を全部入れ替えたり、
腐った材を取り壊したりと、仕事の合間を縫って4人で奮闘した。一人では数日かかる作業も、4人だと一日で終えることが出来て大助かりであった。
彼らは高校生なりに人生を考えている。食事をしながら話し合ったが、教えられることも多々あった。 また、大人として考えさせられ反省させられることも
あったので、久しぶりに哲学させられた。
彼らが帰途についた後も、大人としての自分の役割を考え続けている。 また新たな風が哲学舎を通り抜けた。

2006/5/11(木)  
草抜きの日々
連休が終わった途端に、天候の方がおかしな様子である。この数日は、まるで梅雨にでも入ったようなぐずついた日が続いている。
満開に咲き誇っていた藤が、この雨で紫の花吹雪を演出している。みんなに見せたいくらいの素晴らしい光景である。
春の花たちが短い乱舞を終え、皐月の花であるバラやツツジが咲き始めた。昨年の春に買い求めて植えたモッコウバラが、数十センチまで伸び、
黄色い花を少しずつ咲かせ始めている。シャガは白い花を、エビネは花芽を膨らませている。けやきも2m以上に成長した。
グリーンド−ムに巻きつけていた葛も一斉に葉を伸ばし始めた。 このひと月でガーデンの様相はすさまじい変化の具合である。
だが、クローバやカラスノエンドウ、ヒメジオンたちもすごい勢いで成長してきた。 彼らの付ける花は可愛らしくて好きなのだが、勢いがありすぎて
他の花たちや芝生を駆逐してしまう恐れがある。バランスを保つためにも間引かねばならない。
毎朝一時間以上は、この草抜きをしないわけにはいかないのである。 草抜きの作業は、生易しいものではなく苦行に近い。
自然な感じでガーデンを造ろうと思っているが、一度手を入れたものは、ずっと面倒を見るしかない。所詮、自然に近い形のガーデンなど無理な話であるが
それでも、きれいすぎないバランスでと草抜きをする毎日である。
今日は夕方から冷え込んで来た。寒いので、今はコタツに入りながらの更新である。今年は、なぜか五月晴れといえる日がないような気がする。
このまま梅雨に突入してしまわないかと、気にかかる天候の気まぐれさである。
黒猫マフィー君も、これだけ雨が降り続くと散歩に行けないので、家の中でひたすら眠っている。 寝すぎたおかげであくびの連続である。
昨日なんか、顔を合わせるとあくびである。 ボクも彼のあくびを見て、もらいあくびが出てしまう始末である。
猫のあくびが移るなんて・・・。

2006/5/23(火 )  
雨にも負けず風にも負けず
五月晴れは、一体何処に行ってしまったのだろうか。もうすぐ六月だというのに、五月の風を体感することなく時が過ぎ去ろうとしている。
先週は一日だけ晴れたが、五月晴れとまではいかなかった。アトリエの作業が溜まっているのに、雨ではなんとも致し方ないのである。風もかなり強く
吹き荒れている。一日だけの雨上がりの空は、まるで秋の様相であった。 今年のマフィーには、何故かカメムシと毛虫が大発生している。
気候がおかしいといえばそれまでであるが、それらの原因に、人間の仕業が関わっているとするなら考えざるを得ない。
もはや、事態は環境問題などという生易しい問題ではなくなってきているような気がする。
だが、ガーデンの草花たちは、そんな僕の心配をよそに、元気すぎるくらい成長している。クローバなどは鼠算式に増えているような気がする。
芝生も元気になってきたが、あまり歓迎されざる草たちに負けそうになるので、小雨の中を毎日抜かねばならない。 午前中は殆ど草抜きに費やされる。
また、先週は名古屋の知人の店で一週間もバイトをいただき、毎晩通った。 少し年老いた身体には、きつい日々であったが、背に腹は代えられぬ。
おかげで、溜まっていた請求書を減らすことができたのは有難い。
まだまだ厳しい日々が、かなり先まで続くであろうが、目的のためには頑張るしかない。 
自然の厳しさに翻弄されながらも、雨にも負けず風にも負けずと自らを励ます毎日である。

2006/5/24(水 )  
秋が来たのかと?
昨日の雨が上がり、今朝は青空が拡がった。 雲はすじ雲のような形をしている。 風も強く肌寒い。まるで秋の頃の気候である。
夕方からは、一層冷え込んで初春に逆戻りである。 今日は久しぶりの晴天だったので、石油ストーブや電気ストーブを片付け、冬物の整理をした
ばかりである。 今こうしていても寒さを感じるので、しまったばかりの電気ストーブを出して暖をとっている。
昨年もおかしな気候が続いたが、今年はそれ以上である。
日照時間が少なすぎて、農作物にはかなりの影響を与えそうである。 人間にとっても、こんなに雨ばかりでは、影響を与えないわけはない。
雨のせいではないにしても、近頃は以前では考えられないような事件が頻繁に起きている。 特に、子どもたちを狙った許しがたい事件が多すぎる。
社会的な弱者がより弱者を痛めつけるような事件が増えてきている気がする。 昔はより強いものに抵抗したり、歯向かったものであるが、
今はそんな気概はどこかへ吹っ飛んでしまったらしい。

2006/5/29(月 )  
プチドライブ
朝から温かな陽射しが射している。 今日は免許証の更新のため、久居にある更新センターまで出かけた。
ここから、東名阪を使って約一時間半かかったが、久しぶりのドライブとなった。12時半に着いて順番待ち。100人ほどが待っている。
1時から受付を済ませ、検査・写真と進んで、1時半から3時半まで2時間の講習であった。 名古屋の頃は平針試験場で更新していたが、
なにせ、平針試験場はいつでもすごい人数が来ていたので、一苦労であった。 三重はのんびりしたもので、実にスムースであった。
帰りがけに、以前より行ってみたかった関宿に立ち寄った。関宿は、亀山にある宿場町を再現した観光スポットである。
月曜日の夕方であったせいか、観光客は殆どいない。 雑誌に紹介されていたJという店に立ち寄った。
古民家を再生した風情のある造りであった。 閉店30分前であったせいか、店主に少し迷惑そうな顔をされたが、何とか珈琲を頼んで飲ませてもらった。
全国紙に数々紹介された事のある店らしく、たたずまいは周到に整っていた。 客に緊張を強いるような趣があり、落ち着かなかったが
カフェの店員の丁寧な応対と笑顔に、何とか救われてJを後にした。

2006/6/1(木 )  
雑草のようには
雑草という名の草はないであろう。僕が彼らの名前を知らないだけなのである・・・。それにしても彼らの生命力は、なぜあんなにも強いのだろう。
彼らの領域に、人間が入り込まねば、彼らは自然淘汰に従ってうまく生息していくのである。 庭を造るという形で彼らの領域を侵したからには、
彼らのたゆまぬ抵抗と生命力の洗礼を受け続けるしかないのであろう。 人間の手によって育てられた草花たちを、庭に放った以上、その草花たちを
守るためには、彼らと戦わねばならぬ。農薬という武器を使わない限り、素手で抵抗するしかない。
都会にいた頃には、想像も出来なかった戦いを強いられている。それにしても、彼らの強さには気が滅入るほどである。
雑草のように強く生きろと云われるが、僕にはとても出来そうにない。
先日来の長雨で、果林とボケ、蔦が病気にかかった。木酢液だけではどうすることも出来ず、初めて農薬なるものを少しだけ使った。
ほとんど手入れしない形で庭造りをしたいのだが、そうもいかないみたいだ。来館者の方たちに、ホッとたたずんでもらえる庭にしたいものだが。
疲れからか、今日は少し弱気になってしまったが、まだまだやらねばならない作業が山積である。初志貫徹で頑張るしかない。

2006/6/9(金 )  
梅雨入りらしい
今朝の新聞で、昨日東海地方が梅雨入りしたという。昨日ここは、一日中嵐のような風雨であった。
今日は昼頃から晴れてきたが、気温は低い。夕方の空は、まるで秋の様相を呈していた。 梅雨といえば蒸し暑いものだが、昨夜などは、寒いくらいで
仕舞い込んだ電気ストーブを引っ張り出してきたくらいである。6月にストーブとは、初めての体験である。
ガーデンでは、コスモスの新芽が、もう背丈を伸ばし始めている。 予想では冷夏だというが、この辺りの農家の人たちにとっては、さぞや大変な夏に
なりそうである。 昨年の今ごろは、夜ともなればカエル君がうるさいほどであったが、まだ今年は殆ど聞こえない。
草花や虫たちも、きっと戸惑っているのだろう。
今年の様なおかしな気候が、人間に悪い影響を与えないわけはない。自然の恵みなしでは生きられない人間にとって、彼らが穏やかであることを
祈るしかないが、彼らの変化が何によってもたらされているのかを、反省を込めて考えてみたいものである。

2006/6/16(金 )  
草むしりに終わりはない
一週間前に梅雨入り宣言が出た次の日から、嘘のように晴れていたが、昨日はまるで台風を思わせる風雨が吹き荒れた。
朝から深夜まで、まさに一週間分の雨が降り続いたのである。今日の夕方になっても、村のあちこちにある側溝には、山からあふれ出た水が、急流と
なって流れている。 麦の収穫時期だが、少なからず影響が出たようである。 今日は晴れ間が拡がったので、絶好の草むしりの日である。
空にはうろこ雲が姿を現し、風は爽やかであった。湿気もなく、秋のようであった。
昨日は一日外に出られなかった黒猫マフィー君も、朝から元気に飛び回っている。トカゲを捕まえたり、木登りしたりと嬉しそうであった。
多量の雨で、土はたっぷり水を含んでいる。 こんなときは草むしりに限る。しばらくサボっていたので、3時間ほどかけて庭の手入れをした。
それにしても、名もなき草たちは(僕が名前を知らないだけであるが)、どうしてこんなにも生命力が強いのだろうか。
もう、4月から3ヶ月もかけて、殆ど毎日抜いているのに・・・。 
名もなき草たちは、結構可愛いらしい花をつけるので、あまり抜かないようにしているのだが、油断をするとあっという間に芝生や木の下を占領してしまう。
毎日、1時間ほどの草むしり作業は結構大変である。 もういやだと思いたくなる時もあるが、来館者に喜んでもらうには、サボれないのである。
「この自然な感じがいい」と云われる方が多いのだが、手入れされた自然な感じというのが、かなり難しいのである。
ここにいる限りは、春から秋まで、毎日が草むしりである。 それは、僕にとっては、ある意味で修行である。
修行に終わりがないように、草むしりにも終わりがない。
不思議なことに、昨日まで聞こえなかったカエルたちの合唱が、今夜から一斉に始まった。
昨日の豪雨を喜んだのは、カエル君たちかもしれない。

2006/6/24(土 )  
ホタル発見のうれしさ
先月あたりから、情報誌の表紙に、ホタルの名所などという見出しが並んでいる。
子どもの頃以来、ホタルは見ていないので、今年は見てみたいと思っていた。昨年の夏、近くの人に、この辺りにホタルがいるか聞いてみたが、
昔は沢山いたけれど今は見かけないとの返事。 だから昨年は探そうともしなかったのである。
一週間程前、名古屋からのバイトの帰り道であった。 時刻は深夜の一時頃。家の近くまで来た所、傍を流れる川の土手辺りがチラチラと光っている。
車のライトが何かに反射しているのかと思ったが、もしやと思い車を停めて土手を覗いた。
驚いたことに、土手一面に星空のような光景が展開しているではないか。昼中は結構車も人も通る所だが、そのときは深夜であるから静寂そのものである。
あまりのうれしさに30分ほど、その幻想的な世界を独り占めした。
数日後、スタッフのYさんが手伝いに来たとき、その話をしたら、もっといるかもしれないから散策しようということになった。
傍を流れる川の上流から、もう一つの川の上流まで二時間ほど探し回った。
意外や意外、ここのすぐ近く数分の所に、もっと素敵なホタルたちの住処があったのである。
川のせせらぎの音とホタルの輝きがハーモニーを奏で、久しぶりに純真な幼い頃に帰ったひとときであった。
ここに住んでいると、こんな自然のプレゼントがあるので本当にうれしくなる。 みんなにも是非見せてあげたい。
7月の半ば頃には、ホタルたちも長い夏休みに入るらしいので、早めに見てほしいと思う。
7月16日は、マフィーのイベントだが、そのときまで光っていてほしいと願うばかりである。 さっきも、黒猫マフィー君と出かけて楽しんできたところである。

2006/6/28(水)  
お知らせ・夏のイベントあります
夕方、急に暗雲が立ち込めピカッ! 雷様の登場となった。ここの雷は、名古屋で体験したものとは質も大きさも違う。
ひと言でいうならば、怖い である。 今日はまだ小さなものであったが、昨年の今ごろ体験したものは、まさに爆弾であった。すぐ近くに落雷して
停電した記憶がある。窓から稲妻を見ていたが、まるで映画のようであった。 雷様が来ないと梅雨も明けないので、静かにじっとやり過ごすしかない。

梅雨が明ければ、ここにも短い夏がやってくる。
今年も夏のイベントを開催することにした。 
下記の如くである。お暇な人は、ホタル見物を兼ねていらしてください。

「天の川に 笹舟を浮かべよう」
7月16日(日)のPM4時から7時半まで。
会場は 哲学舎という名の美術館
会費は 会員2700円  会員外 3000円  小中学生 1500円  幼児  無料 である。

笹舟を作ったり、ライブで楽しんだり、星を観察したり、絵本の読み聞かせでのんびりしたり
いろいろ楽しめますよ。 ぜひどうぞ!

先ほど、9時頃に、またホタルに会いに出かけた。
今夜は、少し川の上流まで足を伸ばした。
辺りは、真っ暗。 車から降りて川沿いに歩く。
この前までは、水面近くにいた気がするが、今日は木々の上の方に集まって輝いていた。
その光景は、巨大なクリスマスツリーのようであった。
真夏のクリスマス。 サンタさんがくれたうれしいプレゼントであった。

じっみていると、ホタルだか星だか分からなくなる。
きっと、ホタルたちは、短い夏を終えて天に上って行き、星になるんだろうと思えてきた。
そういえば、ホタルが少なくなった地域では、星も少なくなってあまり見えなくなっていくような気がする。
ホタルが生きられる環境を護っていく事が、美しい夜空を取り戻すことになるかもしれないと、
一人山の中で考えさせられた。

それにしても、彼らは何を光っているのだろうか?

2006/7/1(土 )  
もう赤トンボが・・・
朝からの雨が昼前には上がったが、梅雨はまだ半ばというところである。今夏初の雷が鳴ったので、梅雨明けが近いのかもしれない。
午後の風は、心持ち涼しかったが、3時頃ガーデンに赤トンボが数匹飛来した。 夏は今から本番だというのに、自然のサイクルはもう秋を告げている
のであろうか。七夕も過ぎていないのに、年に一度の逢瀬は、赤トンボに先を越されたようである。
今日は、四日市からTさん姉妹が、HPを見たといって訪ねてくれた。姉の方は、以前よりこのHPを閲覧していてくれたらしく、やけに詳しいのである。
僕の忘れかけていたことなども聞かれ、逆にそんなこともあったのかと、懐かしい気分になった。
もう一組は、美術館に出展しているNさんが、孫のSちゃんと花を一杯持って訪ねてくれた。Sちゃんは小5だが、なかなか利発な感じの子どもで、
はっとするような鋭い指摘をする。 創作物語が好きらしいが、作品に添えられた彼女のコメントは、大人でも考えさせられてしまうものがある。
大きくなったら、どんな大人になってゆくのだろうと興味も湧くが、今ある素直な視線を持ち続けて欲しいと祈るばかりである。
閉館間際に、今度のパーティで演奏をするTさんとYさんが練習に来たので、僕と3人で2時間足らず練習をした。
Tさんがホタルを見たいというので、久しぶりに3人で外食をし、暗くなってから山の奥へホタル狩りに出かけた。以前探しておいた場所へ案内。
もう、随分少なくなってきたが、それでも数十匹はいた。偶然こちらに飛んで来た一匹を僕が捕まえて、TさんとYさんの手の中へ交互に放してあげた。
あたりは真っ暗である。手の中のホタル君は、ここぞとばかりに一生懸命に光を放ってくれたので、もう二人は大喜びであった。
1分くらいの至福のときを過ごし、来年の再開を祈りながら、ホタル君を森の中へ帰してあげた。少し早いホタルとの七夕であった。
同じ日に、赤トンボとホタルに出会えるのは、ここならではの自然の素晴らしさであろう。 

2006/7/6(木)  
梅雨の晴れ間に美しい天の川
今は7日の午前1時過ぎである。昨夜は用事で出かけ、帰りが午前0時を回ってしまった。
ホタルたちが気になって、帰りに川まで見に行ったが、かなり少なくなって数匹しか確認できなかった。
彼らは、もっと山の上に方まで登ってしまったのだろうか。それとも、今夜の星空へ旅立ってしまったのだろうか。
16日のパーティの折に、みんなに彼らと会わせて あげたいと思っているが、自然の成り行きに従うしかない。
家に戻って夜空を見上げると、今夏で一番の美しい星空が拡がっている。彦星も織姫も美しく輝いてる。 ガーデンのベンチに仰向けに寝転がって
30分ほど静寂の七夕を楽しんだ。 明日からは、また大雨が降りそうである。 まさか今夜晴れ上がって、こんなに美しい星空が見えるとは
思っていなかったので、とてもラッキーであった。 毎日草抜きに苦闘しているが、こんなプレゼントがいただけるので、苦労が報われる。
光の速度にして15年はかかる彦星と織姫の距離。一年に一度会うことは物理的に無理である。
だが、静かに目を閉じて見上げれば、彼らの会話する声が聞こえてくるから不思議なものである。 じっと見ていると、彼らの間を行きかう流れ星を
見ることができる。数分に一度は天の川を流れている。それは、まるで彦星と織姫の伝言を、流れ星が配達しているようにも見えるから
不思議である。

2006/7/10(月)  
サボテンに花が咲く
明けそうで明けない梅雨空が続く。台風が前線を押し上げ、太平洋高気圧が張出してくれば大丈夫なのだが、今年の高気圧は、なんだか弱々しい気が
する。 今週の週末は海の日である。ここにいると海などと言う言葉も浮かんでこないくらい涼しいが、都会はそうもいかないのであろう。
しかし、このところの長雨と涼しさで、ガーデンたちの草木にも多少の異変が起きている気がする。 湿度のせいか病害虫が発生しているのである。
グリーンド−ムに巻きつけた葛の葉が、夏の盛りを待たずに枯れ始めた。10月頃まで元気すぎるくらいの葛がどうしたことだろうか。
4月末に蒔いたコスモスが、もう花を付け始めている。赤トンボも飛び始めた。隣接する茶畑にコガネムシが大発生して、こちらに飛んでくる。
そして、ガーデンの草木に集まって一斉に葉っぱを食べている。おかげであちこちで葉っぱたちが骨皮筋之門である。木酢液ををかけても効果なし。
自然の恵みは、こんな悪戯もするのである。早く太陽の光が欲しいのだが、一体、夏は何処に隠れているのだろうか。
そんな中、昨年の春自宅の庭に植えたサボテンの一つが、いつの間にか薄い透き通るような黄色い花を4つも咲かせている。
サボテンの花を見るのは初めてなので、その美しさに驚いている。このサボテンは、Yさんの義理の妹さんに頂いたものだが、正直言って、
サボテンは苦手であった。 だから、ほとんど放ったらかしであった。周りの草抜きもしてなかったのである。 湿気よりも日当たりを好むと思い込んでいたが
サボテンの場所は、日当たりも悪くドクダミが蔽い茂っていた。 それでもきれいな花を咲かせたので驚いている。
こんなに素敵な花を咲かせるのなら好きになってしまいそうである。 しかし、何が幸いして花を咲かせたのか知る由もないので、どうしたものか。
美しい薔薇には棘が・・・というが、美しいサボテンに棘が・・・。
とかく美しいと思われるものには棘があるものである。人間もしかりか。
花の棘は、美しさといのちを護る為のもの。人間の棘は、何を護るためのものであろうか?

2006/7/18(火)  
雨の川が天の川に
一昨日の日曜日は、哲学舎にて夏のイベントが開催された。すぐに報告を書こうと思ったが、疲れが出てしまい今日になってしまった。
当日は、朝から雨が降ったり止んだりで気が気ではなかった。それでも、20数名の仲間達が集まってくれた。
4時の始まり頃には、また雨が降り出してしまい、ガーデンで行うはずであった造形をカフェですることに。今回は「天の川に笹舟を浮かべよう」という
企画である。竹筒に自分なりの天の川をイメージしたペイントをして、その中に自分で作った笹舟を浮かべ、皆のものを連結し、
天の川に仕立てようというものであった。一時間ほど制作に皆が没頭した。

その後、その制作意図を説明しながらの自己紹介となった。予想以上に皆が集中していたのには、僕が驚いたくらいである。
歓談・飲食の後、Aさんによる絵本の読み聞かせ。大人も子どもたちも、Aさんの話術にはまって楽しそうであった。

その後は恒例の学芸会ライブ。全員合唱のあと、Tさんのリコーダー、Yさんのピアノによる演奏、小五のSちゃんによる自作詩の朗読、Sさんのピアノ演奏、
Iさんのギター弾語りとNさんのピアノ演奏、飛び入りの二組の青年による歌、Kさん夫妻によるハーモニカとピアノの合奏と歌など、楽しい時間が
過ぎていった。その頃になると、不思議なことに、外は雨が止み少し星も垣間見える。先ほど作った竹筒の天の川を、ガーデンに並べ、蝋燭に点火して
地上の天の川が現出した。その美しい光景を見ながら、Aさんに星のお話をしていただいた。あっという間の3時間が過ぎた。

最後に記念撮影をして、お開きとなった。皆がいい顔をして帰ってゆく姿を見送りながら、少しの間でも星を見せてくれた天の采配に感謝した。

今日、参加者のBさんからメールが届いた。Bさんは帰りがけに、ホタルの見える場所を教えて欲しいと聞いて来ていたのである。
なんでも、ホタルが見られるから山へ行こうと云って、嫌がるお嬢さんを連れ出してきたらしい。二日前に僕がホタルの住処を視察した時は二匹しか
いなかった。おまけに当日は雨上がりである。多分無理かもしれないと伝えながら場所を教えたのだが、今日まで気になっていたのである。
メールの内容は、おかげさまで4匹ホタルを見ることができ、お嬢さんも大満足で帰途に着いたということであった。本当にホッとした。
実は、しばらく前の日記で、みんなにホタルを見せてあげたいと書いていたのに、今日はダメであろうと僕が勝手に思い込んでいたため、
帰り際に皆にホタルのことを話さなかったのである。 きっとBさんのお嬢さんに対する愛情が、ホタルや天に通じたのであろう。
Bさんにとっては、4匹のホタルが素晴らしい天の川であったのである。 まさに雨の川が天の川に変わった一夜であった。

2006/7/22(土)  
不思議な音との邂逅
何日ぶりであろうか。梅雨の被害が届けられる最中だというのに、ここでは青空が拡がった。
ガーデンの土は、水が浮き上がるほど雨を含んでいる。一斉に窓を開け放ち、カビが生えかかった室内に乾いた風を迎え入れた。
朝から、美術館の周りで、草刈り機の音がけたたましい音を立てている。 いよいよ隣接するパークゴルフ場の拡幅工事が始まったのである。
整地予定地にある可愛い花たちを、急いで助けに行き、哲学舎のガーデンに移植した。 見事な紫陽花が数本あるのだが、担当者に切らないよう頼んで、
後日こちらに貰うことにした。年内、工事が続くらしいが、どうなることやら気が気ではない。景観が気になるが、致し方ないので、いずれはこちらで
植樹をせねばならないであろう。
夕方から、菰野町のMさんの誘いで、このすぐ奥の集落、川原にあるお寺、東林寺へ座禅とコンサートの会に出かけた。
出席者一同、本堂にて40分ほど座禅を組んだ。 座禅の会は初めての体験である。和尚さんの説明を受けながら座禅の開始。眠くはならなかったが、
雑念が払えず少し集中力を欠いていた。30分くらいすると、和尚さんが警策と呼ばれる樫の棒を持って歩き始めた。バシッという音が響き渡る。
警策を受ける時は、合掌するのが合図らしい。僕の近くに見えたので、何事も経験とすぐさま合掌した。 僕の番である。両腕を畳に突いて背中を差し出す。
突然、右の背中、肺の真裏辺りにバシッと来た。とても重い痛さであった。だがそれは痛さを通り越した天からの衝撃だと言った方がよさそうである。
右肩に2回、左肩に2回。4発の天誅であった。
座禅が終わり、コンサートが始まった。 伊豆半島からいらした牧野さんという、クリスタルボールの演奏者のコンサートである。
初めて見聞きする楽器であった。シリコンバレーで作られた、大小の人工ガラスの器が並んでいる。クリスタルボールの説明があり、演奏が始まった。
癒やし系の音楽らしく、経験者たちは初めから寝転んでリラックスしている。僕は初めての体験なので、耳目を集中して見聞きした。
お椀のような器の楽器は、それぞれ独自の音色を持っている。一つだけで鳴っている時は美しい音を響かせているのだが、次から次へと音が重なって
いくと、不協和音のような音が重層し摩訶不思議な空間が拡がっていく。13個のクリスタルボールが重複して出す音は、音楽というよりは見知らぬ音と
云った方が良いかも知れぬ。最初は少しいらつくような気がしたが、30分もその音に包まれていると、気分が落ち着いてくるのは確かである。
参加者の多くが、気分が落ち着きよく眠れたという。 なんと表現してよいかは難しいが、なんとなく懐かしい音にも思えてくる。
きっと胎内にいた頃聞いた、母親の身体が発する全ての音の記憶だったのかもしれないと。 正に何十年ぶりかの不思議な音との邂逅であった。

2006/7/26(水)  
短い夏が始まった
朝から夏の太陽が照りつけている。梅雨明け宣言は出ていないが、明けたも同然の天気である。 入道雲が出ていたので、夕立が来るかと
思っていたら、6時過ぎ見事に的中。バケツをひっくり返したようなスコールであった。
夏を待ち兼ねていたかのように、蝉が一斉に鳴き始めた。カナカナも鳴いている。 気温は28度、湿度は60%、草むしりをする身には猛暑である。
ガーデンのコスモスが、秋を感じているのか少しずつ咲き始めている。 赤トンボも舞い始めた。 ウグイスがまだ鳴いている。そして蝉、赤トンボである。
都会にいた頃は順番に来ていた季節感が、ここでは一斉に体験することになる。 今年の夏は、特に短そうな気配である。

昨日は、名古屋に朝から出かけた。 知人のイベントプロデューサー、Iさんが企画した「EXPOcafe」というイベントに講師(店主)として招かれた。
丸の内の「K」というお店の二階で、一週間にわたり開催されるイベントである。 僕の担当は「哲学カフエ」であった。
来客と会話をしながら、哲学と芸術についてわかりやすくお話をするはずであったが、意図する所がずれたのか、人生相談になってしまった。
まぁ、それでも人間について語り合うことが出来たのであるから、良い経験となった。
愛知万博が終わっても、そこから何かを始めようとする人たちが多くいることを知っただけでも、勉強になった一日であった。
「EXPOcafe」のHPを参考までに掲載しておきます。
http://www.expo-cafe.net/

2006/7/29(土)  
パークゴルフ工事始まる
梅雨空が明け、晴天になった途端、前から予定されていたパークゴルフ場の拡幅工事が一斉に始まった。
朝早くから、数台のブルドーザーが、森の静寂を突き破ってゆく。 伸び放題であった草やお茶の木が、ブルドーザーの手にかかると
あっという間に宙を舞い無残な姿になる。 哲学舎の周りの景観は一変することとなった。
この場所を借りる契約時は、こうなることは全く予想していなかったので、正直ショックである。 しかし、役所の予定が変更するわけはないので、
現実を受け入れ、対策を考えるしかない。 役所に景観に関する要望書を出したが、どこまで受け入れてもらえるであろうか。
とにかく、当館がパークゴルフ場に、ぐるりと囲まれる形になる。 静寂と景観がここの素晴らしい所でもあるので、今から頭を悩ませている。
年末には出来上がるらしいから、春までに対策を講じねばならない。 ゴルフを楽しむ老人たちの話し声は、何とも致し方ないが、
境目の目隠し的な景観は、こちらで考えるしかない。 いっぱい広葉樹を植えて小さな森を造りたいと思ってはいるが、資金がない。
ここに住んで2年半が過ぎたが、一難去ってまた一難の連続である。 まぁ、僕は逆境に強いタイプなので、何とかするであろう。
それにしても、茶畑にいた蛇たちが、行き場をなくしてここのガーデンに逃げてくる。 今日だけで三匹がお引越し召された。あまり来られても困るので
これも対策を講じねばと頭が痛い。今の内に、あちらの森へ引っ越してもらう良い方策はないものか。 みんなのお知恵を拝借したいものである。

2006/7/30(日)  
田舎の祭り
昨日と今日の二日間、北勢町の夏祭り「八幡祭」が阿下喜商店街を中心に行われた。
スタッフのYさんと、情報収集と見学を兼ね出かけてみた。 昨日も買い物の帰りに、少しだけ除いてみたが閑散としていた。
しかし、今夜は予想外の人出で賑わっていた。 子どもや若者の姿も結構多い。子どもたちは殆どが浴衣姿である。 西町通りという通りは、
大西神社の門前通りと云った所。いわゆる古い町並みである。現代的な商店が並ぶ本町通とは風情が違う。 100年前から続く味噌問屋の
建物も実に見事である。昼間にも時々通っていたのだが、さびれた活気のない所である。しかし、今夜は各家の玄関には提灯と旗が飾られ
少し幻想的な雰囲気をかもし出して、通りが生き返ったようであった。 神輿も練り歩いていたが、こころなしか元気がなかった。
それでもいつもと違う賑わいがあったのである。 地元を初め近隣の町からの見物人も多かったようである。
主催は、北勢町商工会。これだけの賑わいを見せても、多分、商店の活性化には繋がっていない。何せ開いていたお店は、露店の屋台意外は
おもちゃ屋だけである。お年よりもみんな起きているのだから、すべてのお店を開けたら、もっと違う世界が開けたと思うと歯がゆい気がする。
イベント広場では、お昼から九時頃まで、いろんな地元の出し物が繰り広げられていた。最終の一時間余りイベントを見学した。
出し物は、隣接する藤原町の山口龍華太鼓と地元阿下喜の北勢おんな太鼓であった。山口龍華太鼓は結構歴史も有り有名であるから
予想通りの演奏であった。 見てみたいと思っていたのは、数年前に結成された阿下喜の北勢おんな太鼓であった。 阿下喜の商店街の活性化を
目指して結成された、いわゆる奥さん連中の一念発起の産物である。 演奏は、僕の懸念を裏切り、見事な迫力であった。
平均年齢は20代の二人を除いて、多分50歳くらいであろうか。 週一の練習を重ねてきたようであるが、良くぞここまでと感動すら覚える
演奏であった。 こんなパワフルな女性たちが、この阿下喜の町にいることが分かっただけでも収穫であった。このパワーを町おこしに生かさなければ
と思うが、あとは企画力の問題であろうと思われる。 全体を見て、田舎らしくなく、されど都会らしくなくというイメージであった。
都会から観光客を含めた人々を引きつけるには、もっと徹底した田舎らしさ祭りという演出が必要であろう。
それにしても、女性はどこでもパワフルであるのは何故だろう。 時代は女性たちの知恵とパワーを必要としているのは確かである。

2006/8/4(金)  
汗だくの作業
今夏で一番の暑さであった。気温は30度まで上がる。 今日は、朝から大工の棟梁Hさんが、孫のA君を連れてアトリエ造りのボランティアに
来てくださった。 朝から真夏の太陽が照りつける。風は殆どない。 10分も動けば全身汗だくである。 棟梁の助手をしながらの6時間であったが、
夕方の終了時には、もうバテバテであった。水分補給を随分したが、1キロは痩せた気がする。
隣では、先週から始まったパークゴルフ場の拡幅工事が行われている。 重機の大きな音が、暑さを倍増させる。 彼らも汗だくである。
棟梁の大好きなスイカを買ってあったので、3時の休憩時に食べたが、こんなにスイカが美味しいと思ったのは初めてである。
パークゴルフ場の工事をしている方たちにも、スイカを差し入れしたが、汗だくの笑顔で喜んでいた。
しかし、やはり夏は汗をかくに限るであろう。 身体の塩分の入れ替えが出来るし、睡眠も良く摂れる。 高校時代の運動部の合宿を思い出したが、
あの頃は、練習の途中で水分を摂ることを許されなかった。当時は根性一筋の時代であった。それでも誰も倒れなかった記憶がある。
時代も、健康法も随分と様変わりしたようである。 

2006/8/8(火)  
ついに熱中ダウン
3日連続で、暑さの中を張り切りすぎたのか、土曜日の夜から体調が悪くなってしまった。
水分補給に気を配ってはいたが、年と暑さに体力が付いていけなかったようである。日曜日の早朝から、体験したことのない眩暈がしてダウン。
久しぶりの病院での診察となった。 随分長い間、健康診断もしていなかったので、この機会にと、いろんな検査を受けた。
結果、大事には至らなかったが、気力ほど体力が若くないことを思い知らされた出来事であった。
考えてみれば、来年は還暦を迎える歳となっているのである。 企業戦士の同級生達は、毎年のように人間ドックに入っている。
ここ数年、心身共に随分無理をして頑張ってきたから、そのツケがやってきたのであろう。
食事には気を遣ってきたが、それだけでは健康が維持できない年になったんだと、改めてわが身を振り返る機会となった。 

2006/8/10(木)  
星空は何処に?
昨年の今ごろは、毎晩のように美しい満天の星を眺めることが出来た。流れ星を見つけては祈ったものであるが、今年はどうしたことであろうか。
この一月余り、美しい星空が見えたのは、たったの一日である。 真夏の太陽が照りつけ、青空が拡がっているのに、夜ともなると薄雲が拡がる。
星は見えるのだが、透き通るような満天の星空が見えない。
昨年に続き、8月に台風が幾つも到来するなんて、情緒的な季節感がおかしくなってしまう。
毎年のように更新されていく、観測史上初の異常気象が続く。 これも、地球温暖化のサインだと云ってしまえばそれまでであるが、
もはや、元に戻すことなど不可能であろう。 この状況が、人間に影響を及ぼさないわけはない。 日本をはじめ、世界で起きている暴力や戦争の
連鎖を見てみれば、人類が進歩どころか奈落へと後退していることが良く分かる。
いま、人間は何を求め、何処へ行こうとしているのであろうか。
美しい星空を仰ぎ、人間の小ささや汚れた心を省みることさえ、もはや叶わなくなってしまったのであろうか。

2006/8/15(火)  
作業に明け暮れた盆
熱中ダウンしてから、数日は日中の作業を控え水分補給と体力温存に気を遣っていた。
CTやMRIの結果も異常なしと分かり、一安心である。 盆休みを利用して、12・13日と大工のHさんが棟梁と作業に来てくれた。
スタッフのYさんも駆けつけてくれ、4人で集中してアトリエ造りに頑張った。天井を貼り、庇を造り、外壁を杉板で囲い、窓枠を形成したりと
二日間で、作業がかなり進んだ。 Hさんが今度来てくれるのは、多分9月になる。 それまでに細かい作業をこなさねばならないが、
段々アトリエの姿が見えてきたので、苦しかった作業が楽しくなってきたのは事実である。
おそらく、完成までには年末までかかるので、あせらずやることにした。 
この一週間は、ガーデンの草抜きをサボっていたが、今日見てみたら大変な状況となっている。 また、明日から草抜きとガーデンの手入れに
追われる日々である。
しかし、今日はうれしい発見もあった。片隅に放置してあった一輪車を覗いてみたら、溜まっていた雨水の中で動く黒いものがある。
ボウフラにしては大きいので、近寄ってみたら、なんとオタマジャクシが数十匹泳いでいるではないか。 知らぬまにアマガエル君が卵を
産みつけていたようである。 コスモスも咲き始め、秋の気配が一層濃くなり始めた。

2006/8/22(火)  
ねっこキャンプに参加
今年で3回目になるが、スタッフのYさんが主宰する造形クラブ「ねっこ」のキャンプに、ボランティアとして昨日今日と出かけた。
場所は菰野町にある朝明キャンプ場である。ここ北勢町よりはかなり高いところにあるせいか、山や川の様子もかなり違う。 蚊はいないがアブがいる。
川は岩だらけの渓流であるが、サワガニがいる。地元では人気スポットらしく、結構人がいるので、山奥という感じはしない。
僕の担当は、歌とキャンプファイヤーである。若い頃、YMCAのキャンプリーダーをしていたので、キャンプは得意とする所であるが、やはり
体力的にはかなりきつかった。まぁ、みんなが喜んでいい顔をして帰っていったので、ホッとしているところである。
時代が変わった、子どもたちが変わった、といっても、キャンプ場の中にいる子どもたちの様子は、30年前と何ら変わらない無邪気さである。
やはり、自然の支配する環境では、大人も子どもたちも純真な姿に戻っていく。当たり前のことかもしれないが、この自然という非日常性を確保するのには、
今日では、よほどの意識と行動が伴わなければ得られなくなってしまったのは事実である。
いわゆる、こころの病を抱えている人にとっては、非日常というキャンプ体験は、何よりの薬であろうと思われる。
機会があればという消極的な気持ではなく、積極的に計画を立てキャンプに出かけられることを勧めたい。
川に足を突っ込んでいるだけでも、見えてくる確かなものがあると思う。

2006/8/30(水)  
マフィー君のあくびが移り・・・
一週間前辺りから、ここは急に涼しくなってきた。夜ともなれば20度を下回る涼しさである。
そのせいか、一気に夏バテが来てしまい、しばらくは体調がすぐれなかったが、やっと元気を回復して来たようだ。
昨日今日と、サボっていた草抜きをしたが、涼しかったので助かった。 ツクツクホウシが鳴き、コスモスが咲き、赤とんぼが乱舞している。
ガーデンの草花たちも、一様に秋の装いに変身し始めた。 毎晩夜空を見上げているが、何故か今年は、昨年のような美しい星空があまり見えない。
このぶんだと、今年は仲秋の名月も心配である。
さて、たまには楽しいお話。
今日は面白い実験をしてみた。 黒猫マフィー君も、涼しくなってから食欲が旺盛になり、よく昼寝をするようになった。
僕が昼飯を食べ終わった頃、マフィー君が起きて来て、目の前であくびをした。 悲しいかな、それを見て僕もあくびが移ってしまった。
猫のあくびが移るなんて、少し情けない気がしたが、毎日一緒にいるとこんなものかもしれないと、自分でも笑えて来た。
ふと、猫のあくびが人間に移るくらいなら、人間のあくびも猫に移るかもしれないなどと思い、マフィー君の前であくびの真似をしてみた。
1回、2回・・・ダメであったが、なんと5回目のあくびの真似を見て、マフィー君があくびをしたのである。 やったと思った。
人間のあくびが猫にも移るのである。 という体験をして、今日は一日和やかな時を過ごした。 また、実験をしてみようと思う。

2006/9/6(水)  
サルものは追わず
夕方から、久しぶりの雨である。 ここしばらく晴天が続いていたので、ガーデンの水遣りが結構大変であった。
秋もいよいよ本番となってきた。今朝などは16度くらいまで下がり、涼しいというより寒いという感覚であった。
少し早く目が覚めたので、散歩をしようと外に出てみると、玄関先に見慣れぬウンコがあるではないか。マフィー君のそれとは違い、人間のそれに近い。
もしやと思い、歩を進めると、工事中のパークゴルフ場に数十匹のサル軍団がいた。見張り役が僕に気づいたのか、合図をして群れを逃がす。
子ザルもいる。久しぶりの御到来であった。 やはり、実りの秋となって、少し上の山から一団で下りてきたのだろう。
冬ともなれば餌が乏しくなる。彼らにとっては、今の時期が一番食欲のある頃である。人間と何ら変わらない。
ガーデンに戻り花たちに水遣りをしようと、ふと柿の木を見上げたら、ない!ない!  20個ばかり生っていた柿の実が一つ残らずやられていた。
まだ赤みもなく青い実なのでまずかろうに、よほど飢えていたのであろうか。
おまけに、試験的に育てていたトマトも見事にやられて姿なし。 う〜ん!と思ったが、腹は立たなかった。
昨年は、サルたちもここまでは来ず、熟した柿の実は鳥たちのご馳走となっていた。 今年はサルに先を越されてしまったようだ。
すぐ近くの畑では、毎日のようにサルが出没し、お百姓さんの作物を漁りに来る。 日に何回と追い払うための空砲の音が響く。 その音を聞くたびに
サルや猪たちの味方をしたくなるが、僕が心配するまでもなく、彼らの方が上手である。
人間の都合で山がどんどん疲弊し、動物たちの餌が絶滅してゆく。 地球にやさしい、自然にやさしい、とお題目を唱えるよりも、
やるべきことがあるのに、人間は実に自然界にとって困った存在である。
せめて、彼らのために僕に出来ることは、実の生る樹木を、この小さなガーデンに植え続けることである。

2006/9/10(日)  
久しぶりの都会に
昨日は、名古屋の丸の内にある「T」というパーティ倶楽部で、恒例のライブパーティがあった。 
年に数回行われる、誰でも参加が出来るライブパーティである。 昨夜の出演は6バンド。 観客も入れて50名ばかりの賑わいであった。
企画進行を頼まれていたので、早めに到着したが、店の前では駐車禁止の取り締まり中であった。 仕方なくパーキングへ。
ここにいると、駐車禁止などは苦にせず、何処にでも停められるので苦労しないが、やはり都会の真ん中では駐車するにも費用がかかる。
相変わらず、信号無視をする無謀な車も多いし、歩行者の信号無視も当り前のような雰囲気がある。
青信号でもかなり注意して運転しなければならないので、疲れてしまった。3年前までは名古屋に住んでいたので、そんなことも気にならなかったが、
ここの生活に慣れてきたので、都会のセカセカとしたリズムには、もう戻れそうにないであろう。
田舎のリズムは、人間以外の生き物のリズムである。 人間が焦ったところでびくともしない。 こちらが自然のリズムに合わせるしかないのである。

随分涼しくなってきたので、山に散策に出かけたが、秋が確実に深まってきているようだ。
山アジサイがまだ咲いているし、山ぶどう、野ぶどう、ヨウシュヤマゴボウ、カラスウリなども、色付くのを待つばかりである。
名前の分からない、美しい花たちも一杯あって、歩いていると時間を忘れてしまう。 
都会の忙しさや人間関係に疲れ、元気がなくなってきたら、是非山に来て散策することを勧めたい。
いろんな発見があるというよりは、自分の中にある素敵なものに出会えることが出来ると思う。 これからの時期は山が一番すばらしい時期である。
木の実一つでもいい、自分の手で摘んでみたら、愛しい自分に出会えると思う。

2006/9/14(木)  
哲学する秋にしたい
残暑も随分と和らいで、涼しさがうれしい気候となって来た。 秋と来れば、なぜか、芸術の秋、食欲の秋という文字が紙面を賑わす。
確かに秋は食欲が回復するが、芸術に関しては、なぜ秋なのかが解らない。 まぁ、一年の内に秋だけでも、芸術という言葉がマスコミで大きく取り上げ
られるだけ、良しとしなければならないかもしれない。 願わくば、もっと多くの人が、芸術という言葉の意味を、簡単に考えてくれると有り難いのだが。
芸術や哲学という言葉を、特権的に教えられてきた我々には、未だに近寄りがたいものなのかもしれない。
だが、本当はとても簡単な、誰でも自分のものに出来る言葉であり行為なのである。
当館のコンセプトである「芸術は哲学の表現である。そして、哲学とは人間とは何かを考えることである」という立場で考えれば、
日常の中で、誰もが哲学しているはずである。 小さな悩みであれ、それを解決しようと、本を読んだり、誰かに相談したりして答を見つけようとする。
もう、それは立派に哲学をしていることになると、僕は思うのだが。
先週の7日に、名古屋にあるシティリビング新聞社の取材を受けた。 「哲学」をテーマにした座談会の形式で、読者と編集者と僕で、3時間ばかり
お話しをした。この新聞は、20〜30代の女性をターゲットにした紙面作りをしているらしい。「哲学」という言葉を学問的に捉えないで、日常のこととして
捉えられるよう、テーマは身近なものにした。いわゆる女性の関心事である「仕事・恋愛・結婚」である。
哲学すると云う意味では、テーマは何でも良い。 わかりやすい事例や、一ひねりした考え方を話して、楽しんでもらったようである。
最初はかなり緊張していた読者たちも、哲学することの楽しさが解ってきたのか、大幅に予定をオーバーしたのである。

元来、人間にとって、苦悩も含めて考えることは楽しいものなのである。 ただ、どう考えたら楽しくなるかを、提案してあげる人が少なすぎるのである。
哲学舎に来館される人たちとは、必ずお話しするように努めている。 哲学することで、一人でも多くの人が、生きてることの素晴らしさを捉え直して
欲しいからである。 
最近の、親子の殺人事件の多発には、本当に心が痛む。 小さい頃から、哲学する習性を身に付けていれば、いのちとは何かを考えるはずであるが、
そうしない大人たちの責任は重いであろう。 
「産まれて来てくれてありがとう」「産んでくれてありがとう」という感謝の気持ちを持つことは、どうしたらできるのであろうか。
今の時代は「希望」という言葉さえ、死語になってしまったのかもしれない。 
当館の担う役割について、哲学せざるを得ない秋である。

2006/9/20(水)  
台風一過に思う
昨日の夜空は、本当に久しぶりの満天の星が輝いていた。台風13号が秋雨前線を押し上げたからであろうか。
流れ星も沢山見えたので、いろんな願いごとをしてしまった。 公私共に多少難題を抱えているからだ。 希望を持って努力をしてもどうにもならないことが
ある。大体のことは、忍耐を持って頑張れば何とかなるものであるが、自分の力を超えた困難も降りかかる。そんなときは、神様や星に祈るしかない。
いわゆる、人智を尽くして天命を待つという心境である。 突然やってきた台風に翻弄される心境に似ているかもしれない。
台風の余波で、ガーデンの草花たちは、ほとんどなぎ倒された。これから花開こうとしていたコスモスたちは、自らの重さに効しきれず、身を崩す。
しかし、彼らは倒れた姿勢から、太陽を求めて新たに芽を伸ばす。根っ子が少しでも土の中にあれば、自力でいのちを繋ごうとしている。
人間の肉体にも、本来そんな逞しさが備わっているはずなのだが、脳が肥大した現代人は、それに気づくこともなく、肉体を死へと追いやってゆく。
現代社会の状況の中で、精神と肉体と心のバランスを保つことは、至難の業かもしれないが、立ち止まって考えてみる必要はある。
最近、僕の周りで、バランスを崩したがゆえに、肉体の死に直面している知人が増えている。 肉体が蝕まれても、精神や心で紡ぐいのちもあるのだが、
それから先は、やはり祈るしかないのであろうか。 
いわゆる仕事とか人間関係とかいう台風に翻弄され、崩壊していく姿を見るのはやるせない思いである。

2006/9/27(水)  
実りの秋に
すっきりしなかった短い夏が過ぎ、秋晴れの日が多くなってきた。
ガーデンの草木たちも、秋へと衣替えである。花を終えたものは、確かな実をつけ始めている。 咲き遅れたものたちも、いのちの花を必死で咲かせている。
毎年繰り返される、自然の輪廻である。 一年で終わる花の人生もあれば、年毎に根を伸ばし、寿命まで成長していくものもある。
そのいのちのあり方は、人間のそれと何ら変わりがない。 ただ、彼らが人間と違うのは、自然のリズム・摂理の中で生きているということである。
当り前だといえばそれまでであるが、その当り前を自分のこととして受け止める人は少ない気がする。
自分の中で生きつづけている自然のリズムに気づくことは、簡単なようで、実はとても難しいことである。 眠りについているときでさえ、
我が身の心臓が働きつづけていることを思い巡らすことさえ、難しい状況に置かれている。 病という形で死を宣告され、初めてそれに気づかされるという
ところが現実のようである。 時という概念は静止という範疇から飛び出してしまっている。 時は永遠に平等に流れつづけるのである。
いずれ訪れる死は、時の一瞬の流れでしかない。 
一体、人間の何が死すのであろうか。 有機物としての肉体は必ず朽ちるものである。 死を肉体の消滅に限定するならば、心臓は生そのものとなる。
しかし、人間には精神もこころもある。 特に精神には、神や自然の摂理に繋がる永遠性がある。
その永遠性を信じられるかどうかが、人間の生み出す実りに大きな影響を与えると思われる。 
草木たちが実りをつけるように、人間も精神の実りをつけることが誰にでもできると思う。 
人間の中にある自然の摂理に従えば、悪の華を咲かせることなど起こり得ないと思うのは、僕だけであろうか。

2006/10/3(火)  
館も庭も衣替え
秋雨前線が冷たい雨を運んで来ている。 数日前から、急に気温が下がり、室内でも15度くらいになってきた。
コスモスはほぼ満開状態で、ガーデンを独り占めしているようだ。
巷では衣替えの時期であるが、ここでは、そろそろ冬支度をせねばならない。 というわけで、昨日から美術館やカフェ、自宅やガーデンを
冬に備えて模様替えをしようと動き出した。 扇風機を片付け、ホットカーペットやらストーブを出して掃除する。 じゅうたんを干して掃除、そして入れ替え。
ガーデンの花の冬越し準備や植え替え。朝から集中して頑張った。 だが、頑張ったのが裏目に出た。 今朝起きたら、以前痛めた腰がかなり痛む。
おかげで、今日は作業どころではなかった。 腰に湿布をして休養であった。本当に無理が利かなくなったと、改めて自覚させられる。
こうしてパソコンに向かっていても痛むので、これくらいにして寝ることにする。

2006/10/20(金)  
腰痛も収まり久しぶりの更新
3週間前に痛めた腰の治りが、思いもかけず長引いてしまった。パソコンの座椅子に座ることもつらく、更新が随分滞ってしまった。
整形で検査したが、とりあえず骨には異常がなかったので一安心である。20代と40代に2回ぎっくり腰をしているので、注意をしながらの作業であったが、
災難は忘れた頃にやって来るものであるらしい。
この3週間の間、アトリエ工事の手伝いに大工さんの棟梁が2回来てくれたが、ほとんど手伝うことも叶わず、すまない気持ちで一杯であった。
15日は、以前から頼まれていた、藤原町の屋根のない学校で行われたジャズライブに、ベースで出演した。腰痛を庇いながらの演奏であったが、
なんとか無事に終えることが出来、ホッとしているところである。
来週辺りから、バイトも忙しくなりそうで、早く完治することを願うばかりである。
怪我や病気をして、初めて健康の有難さに感謝するのであるが、喉元過ぎれば・・・である。

29日は、マフィーのイベントがある。 10月はいろんな行事があるようで、参加の申し込みが、今回は少なそうである。
だが、新しい参加者が多そうで楽しみである。ライブも津軽三味線が初参加の予定である。
ガーデンのコスモスは満開だし、紅葉は少しずつ始まっている。山の秋の美しさが、疲れた心身に沁みるころである。
お暇な方は、お出かけあれ。

2006/10/25(水)  
秋深しである
昨日の雨が、ガーデン一面に咲いていたコスモスの、美しい花びらたちをほとんど地に落とした。
もう、種を付けているものもある。朝は露が降りるようになった。 藤原岳の頂上が、こころなしか色付いたように見える。
カラス瓜が、早くもその赤みを増している。 シイの木のドングリも、かなり大きくなった。野菊が、可憐な花をたくさん付けている。
紫式部もあざやかな実をたくさん付けた。 自然界は、確実に循環を繰り返し、新しいいのちを紡いでいる。
今夜は、天空の星たちも、賑やかである。 いま気温は12度。 コタツがなくては寒くていられない。
季節は、秋深しである。
最近、夜ともなれば、イノシシたちが闊歩してる。キツネや野うさぎも出没し始めた。 彼らにとっては、冬を間近に控え、生き延びるための仕事がある。
今年は、昨年以上のクマの出没が、世間を賑わせている。 ニュースを聴いていると、猟友会が処分をしたという云い回しである。
まるで、ゴミでも処分するかのような、クマたちの殺害である。 
クマたちが降りてくるのは、棲み分けを可能にしていた里山が、どんどんなくなってきたからだという。
もちろん、里山をなくしてきたのは、人間である。 山を荒廃させてきたのも人間である。 山の生きものたちにとってみれば、人間たちの身勝手さに
殺されていくようなものである。 
こころある人たちは、里山の保全や創造に頑張っているが、その活動が評価されるのは、数十年も後のことである。
この辺りの農家の人たちも、サルやイノシシたちとイタチゴッコの日々である。
日本は、とりあえず豊かになったはずなのに、相変わらず市場経済、効率経済優先の価値観を変えようとはしない。
地球にやさしいとか、自然の叡智とかのかけ声が、本当に身にしみるのはいつのことになるのであろうか。
悩み深し秋でもある。

2006/11/9(木)  
冬支度
ここ数日は、朝の気温が10度を割るようになってきた。
秋晴れの晴天が続き、夜空の月や星が、とてもきれいに見えるのは、ここならではの贅沢である。
ガーデンのコスモスも美しい花を終え、種作りに忙しそうである。この一週間で、ガーデンの様相も冬間近かとなってきた。
昨日から、いろいろと冬支度に取りかかっている。 ストーブの手入れをしたり、ガーデンの花を鉢に植え替えたり、小さな温室を造ったり、
部屋の冬支度をしたりと、細々と忙しい日々である。 

美術館の来館者が、まだまだ少ないので、アルバイトをせねばならない。 Yさんから店舗ディスプレイのバイトをもらって、クリスマス関連の制作に
追われている。 クリスマスのイメージ作りをしたり、実物大のサンタクロースを作ったり、セールの企画をしたりと、11月一杯は忙しい。
本業でなんとか生活していかなくてはいけないのだが、まだ当分は難しそうである。

アトリエの工事も頑張ってやっているが、なかなか材料を買う余裕がないので、来年の春までかかりそうである。
まぁ、焦ることもないので、のんびりコツコツとやっている。
ガーデンに植えた樹木たちと同じように、少しずつ確実に哲学舎の根っこを伸ばしていこう。

2006/11/16(木)  
晩秋の色あい
春一番と云うのに、なぜか木枯らしは冬一番とは云わず、木枯らし一号と云うらしい。 その木枯らし一番が吹いてから、一週間余りが過ぎた。
この辺りは、もう晩秋というよりは初冬である。 朝の気温は毎日10度を割る。 昨日などは3度まで下がっていた。
もうストーブなしではいられなくなったが、今年は灯油が本当に高いので参っている。 名古屋の安いところに比べると一割も高いので、
用事で出かけた折に、ガソリンと灯油を買いだめすることにした。
昨日は、コスモスがもう終わりになってきたので、種を採ってからすべて抜いて処分した。 ガーデンの景色がが急に寂しくなってしまったので、
ビオラを少し植えたり、まだ咲いている花たちを移植したりして、デザインをし直している。
ガーデンの片付けの最中に、なにやら大きな人間のようなウンコが芝生の上にあった。 間違いなくサル君のものである。
この数日、すぐ隣りの森の中から、サル君たちの鳴き声が聞こえていた。 今朝などは、目の前の道を数十匹のグループでウロウロしていた。
春先に比べると、子ザルが多い気がする。 冬を前に、餌を確保しようと彼らも必死である。 早朝には、きっと哲学舎のガーデンで遊んでいるに違いない。

今週から、隣町の藤原町で紅葉祭りが始まっている。 今年は紅葉があまり綺麗ではないらしいが、かなりの人が訪れているようである。
この辺りでも、落葉樹が色付いている。紅葉もいいが、僕は赤よりも黄色い黄葉の方が好きなので、今が一番うれしい季節である。
おまけに、夜は星空が見事であるし、今日の夕方には、珍しく桜色の夕焼けを見ることができた。
山での生活は大変だが、こんな自然の恵みがいただけるのでうれしくなる。
マフィー君は、寒さが苦手らしく、鼻水を垂らしながらストーブに張り付いたままである。

2006/11/23(木)  
色彩鮮やかな森たち
ここしばらくの間に、辺りの空気が急に冷え込んで来た。 朝晩の寒暖の開きは、15度くらいになっている。
空気も以前よりはかなり乾燥いている。 森の木々も、緑の葉を黄色や赤色に染め出している。 日ごとに変わるその色彩は、まるでスローモーションの
映像を観ているかのようである。 何も紅葉祭りに出かけなくても、晩秋の味わいを堪能するには、ここら辺りで十分である。
今年も、あとひと月足らずとなった。 今月は、クリスマスディスプレイのバイトに追われていたが、昨日でひと段落が着いた。
実物大のサンタさんを二体、ウインドウの飾り付けを数軒、この一ヶ月は久しぶりの忙しさであった。
まだまだ哲学舎が軌道に乗らないので、経営は苦しみの連続である。 バイトがあるだけでも有難いと、雇い主のYさんには感謝している。
ここにいると、新聞もTVもないので情報に疎くなる。しかし、バイトをしていると世間の情報に触れざるを得ず、良い刺激となる。
世間は空前の好景気らしいが、今の僕は、空前の貧乏暮らしである。 しかし、空気も上手いし、玄米菜食は美味しいし、草花の手入れは楽しいし、
たまに訪れてくださる来館者は、みな良い人ばかりであるし、物質的な贅沢をしなければ、本当に感謝の日々である。
人間のこころや精神も、歳を重ねながら紅葉してゆくのであろう。 あの森たちから、美しく老いる秘訣を学びたいものである。

2006/12/3(日)  
サンタの使者がやって来た
この一週間もいろいろあった。サーバーのトラブルでメールやHPの閲覧がストップしたこと、アトリエ前の整地を急にしなければならなくなったため
材木の移動や荷物の片付けに追われたこと、急に寒くなったので腰痛が悪化したこと、私的なトラブルがあったことなど、少し参っていた。
おまけに昨夜は、今冬一番の冷え込みで風邪を引きかけてしまった。 深夜から雪がちらついていたが、案の定、今朝起きたら藤原岳が
白く化粧をしていた。いよいよ雪の季節、冬本番である。 
しかし、雪を頂いた山はやはり美しい。 あの白さも日ごとに濃くなってゆくのであろう。 雪を見ていると、クリスマスが近づいているのがわかる。
トナカイの曳くソリの音も聞こえてきそうである。 今日は、哲学舎に飾るサンタを仕上げていた。 イメージは「考えるサンタ」である。
何を考えているのかは、サンタと対面してのお楽しみである。
明後日には飾る予定であるが、来館者の反応が楽しみである。

2006/12/15(金)  
暖冬になればいいな〜
今年も、あと2週間余りとなった。 冷たい雨が続いているが、今冬は昨年より少し暖かい気がする。
昨年の今ごろは、確か大雪が降ってとても苦労した記憶がある。 12月に入ってからは、ほとんど来館者もない。 
アルバイトをしながら、何とか現状維持を保っているが、厳しい年の瀬になりそうである。 灯油の値段が高止まりしているので、参っている。
節約を心がけているが、寒さには弱くなってきているので、ストーブを焚かないわけにはいかない。 経費節約のためにも暖冬になってくれることを
祈るばかりである。
この一週間余りは、廃材で温室を3個作った。 昨年はガーデンに植えたままにした草花が、寒さでほとんどやられてしまったからである。
温室に入れてやれば永らえたいのちを、無知と怠慢によって駄目にしてしまった反省からである。
庭造りも二年余りとなったが、まだまだ分からないことばかりである。 水やり3年というらしいが、本当に愛情を持って面倒を見てやらないと
彼らは応えてくれない。 本を読んでは勉強をするが、その通りにはなかなかうまくいかない。 失敗を繰り返しながら学ぶしかないであろう。
近くのホームセンターで、萎れかかった花ばかりを安く買い集めているので、駄目になるものも多いが、うまく生き返ってくれたときは、うれしくなる。
子どもの成長と同じで、焦っては良い結果が出ないことは分かる。 それでも昨年植えた木々たちが、確実に背丈を伸ばしていくのを見るのは、楽しくもあり
うれしいものである。
あと数年もすれば、来館者の目もこころも楽しませてくれるガーデンになるとは思うが、期待と不安が入り混じっているのが正直なところである。

2006/12/16(土)  
マフィー君がネズミ捕りにかかるなんて
哲学舎には、捨て猫だった黒猫のマフィー君がいる。ここに住み着いて1年9ヶ月である(推定2歳3ヶ月)。 現れたときの体重は1.3K。現在は5kである。
元々性格はおとなしく人懐っこい。誰にでもすりすりしてスキンシップをする。まだ誰も引っ掻いたりしたことがないほど温厚である。
ここには、猫の友達がいないので、バッタやトンボやトカゲ、モグラや野鳥たちと戯れている。 春に一度だけ、顔に怪我をして帰ってきたことがあった。
だが、何者とケンカしてきたかは不明である。 のんびりしてるというか、敵対するものがいないせいか、野性味にかけている。
いつも、僕と会話しているが、鳴き声は「ニャ〜」より「ウ〜」が多い。
今朝起きて、いつものようにマフィー君に声をかけたら、今日はなぜか「ニャ〜」「ニャ〜」とうるさい。
珍しいこともあるものだと近寄って見たら、葉っぱやゴミのような枝が右半身一面にくっついている。 また池にでも嵌ったのかと思って見てみると、
なにやら接着剤のようなものがびっしり付いている。傍らには、ネズミ捕りの破片が落ちている。
ここを借りたときから、僕の住まいの方にはネズミがいた。 台所の冷蔵庫の下には、ネズミ捕りが仕掛けてある。 前から置いてあるが、
マフィー君が触れたことはない。
だが、今日はなぜかネズミ捕りに手を出したらしい。そういえば数日前に、子ネズミが一匹かかっていたのを、マフィー君がじっと見ていたのを思い出した。
「これがネズミというものだぞ」と見せながら、「おまえは猫なのだから、ネズミを捕まえるのだぞ」と、そのとき言い聞かせていた。
その後は新しいのを仕掛けておいたが、まさかマフィー君が手を出していたとは。 おそらく、手に付いたネズミ捕りを取ろうとしてもがいているうちに、
右半身にくっついて、四苦八苦したのであろう。
ネズミ捕りの説明書を読むと、サラダオイルで取ると良いと書いてあるが、家にはサラダオイルがない。 シンナーがあったので、それで取ることにした。
幸い天気も良く暖かだったので、シンナーとセッケン水とボロ布を用意し、外に出していざ開始。
随分毛が抜けていたせいか、シンナーが沁みるらしい。ギャーギャー鳴くが、なんとか取らねばならないので押さえつけながら敢行した。
その間30分余り。暴れる彼をなだめながらこちらも必死であった。 付着していた葉っぱなどは取れたが、接着剤がうまく取れない。
何処にこんな力があったのかというくらい暴れるので、とりあえず中止し、夜にやり直すことにして放してやった。
いつもは、ガーデンや家の近くで遊んでいるが、今日は一目散にどこかに消えた。昼には戻ってくるだろうと思っていたが、夕方になっても帰ってこない。
ひょっとして、シンナーの付いた身体をなめたりして、動けなくなっているのかもしれないと心配し、探しに出かけたが見つからない。
いつもは、声をかければ飛んで来るのだが、30分ほど探しても見つからない。 今日は帰ってこないかとあきらめて、家に入ろうとしたら「ウ〜」と一声。
お茶の木の陰にうずくまっていた。 とりあえず家の中に入れ、外に出られないようにして、サラダオイルを買いに出かけた。
いよいよ本番である。サラダオイルとセッケン水とぬるま湯を用意して、怖がらないように抱っこしながらゆっくり開始。
指にサラダオイルを付け、接着剤の付いた毛をもみほぐしながらの作業である。 今度は少し落ち着いたのか、わりと大人しく身を任せている。
5Kの彼を抱きかかえながら終わるまで45分。思ったより重労働であった。 まぁ、なんとか8割がたは取れたが、あとの2割はどうしようもない状態である。
あとは毛を剃るしか方法がない。それはかわいそうなので、そのままにして毛が生え変わるのを待つことにした。
それにしても、猫のマフィー君がネズミ捕りにかかるなんて洒落にもならない。笑い話になりそうだが、彼はきっと死ぬ思いであったろう。
その彼も、今は、ストーブの前で、いつものように大の字になっていびきをかいている。
とりあえず、平穏が戻ったので一安心である。

2006/12/30(土)  
無常の向こうに
一昨日降った雪が、15センチほど積もっていたが、今日の晴天で殆ど融けてくれたので助かった。 
昨年は、ひと月くらい雪が残っていて苦労した思いがある。 今年は、早めに冬支度をして備えていたので、また降っても大丈夫そうである。
この年末は、いろいろなことが重なり、バタバタしてしまった。 日記の更新も二週間ぶりとなってしまった。
先週の23日は、哲学舎のクリスマスパーティであった。 30数名が集まってくれ、黒猫マフィー君のピアノ演奏なども交え、温かく楽しい集いであった。

しかし、その日に、知人の女性が悲しくも天に召されていたのである。僕が知ったのは葬儀のあった25日であった。
春先に癌が発見され、手術をして一度退院していたので、元気でいると思っていたが残念でならない。 気にはかけていたが突然の訃報に言葉を失った。
彼女は、まだ30過ぎの若さであった。 哲学舎にも数回訪れてくれたが、いつも明るい笑顔を絶やさない、珍しく純真な人であった。
運命と云ってしまえばそれまでだが、こんなときは無常を恨みたくもなる。

歳をとるに従って、訃報が増えていく。 当たり前のことかも知れないが、そのたびに人間のいのちの儚さを思い知らされる。
先立った彼らが、僕に遺していったものは何だったのかを、そのたびに考えざるをえない。 
肉体は消滅しても、精神や意識は誰かのこころに生きつづけるものだからである。 僕が想えば、そのとき彼らは僕のこころの中にいる。
そして会話をすることもできる。それは紛れもない事実である。
そう考えれば、死というものは哀しい現実かもしれないが、死というものによって、生きつづける精神が在ることを、しっかりと見つめるべきであろう。

とにかく、新しい一年が始まろうとしている。 
死が誰にも避けられない現実である以上、せめて、他者の中で生きつづけるであろう精神を、来年も育てたいものである。

2006/12/31(土)  
穏やかな新年を祈る
あと一時間ほどで、新しい年がやってくる。 哲学舎という名の美術館を開館させてから二度目の正月である。 
大晦日はいつも静かに過ごすことにしている。 TVはないが、いつも聴いているラジオもシャットアウトして、日記や本を読んだり、一年を反省する意味でも
静かに自分と向き合うようにしている。
毎年、当然のことだが、いろんなことが起きてくる。 今年も喜怒哀楽の事象が沢山あった。 未知の世界を切り開いていくことは、苦難を伴うことは
当り前であるから覚悟はできている。 今年も何とか乗り切って、無事に新年を迎えられるのだから有難い。 いろんな意味合いで僕と関わった人々には
本当にこころから感謝したい。 
僕の存在が、彼らにとってどれほどの意味を持ったかは分からないが、彼らの存在が、僕に多くの大切な意味を持ったことは事実である。 
一期一会を念頭に、出来る限り誠実に接してきたつもりであるが、まだまだ反省すべき所が多々あったようにも思う。
ここに住み始めてから、二年九ヶ月が過ぎた。 いわゆる田舎暮らしにも、ずいぶん慣れてきた。 土地の人たちとも少しずつではあるが、理解が深まり
つつある気もする。 だが、何と云っても一番の収穫は、自然の摂理から教えられることの多さ、豊かさである。
自然は本当に間違うこともなく、淡々といのちの循環を繰り返す。 一本の草でさえ、その豊かさには人間は敵わない。 
都会に住んでいた頃、なんとなく頭で解かっていた自然の有難さが、ここにいると身に沁みて解かる。 人間は明らかに自然に育まれているのである。
自分を一本の樹に例えるならば、もう豊かな実を付けなければならない時期に入っている。 どんな実が付くかは、今までの人生の集約の結果である。
反省を込めて、毎日自分を振り返らねばならないであろう。 
来年は、僕という一本の樹に、どんなこころの実、精神の実が生るのであろうか。 新年からまた、草木に教えられる日々が始まろうとしている。
人間にとっても、自然たちにとっても、穏やかな新年が開かれんことを祈りながら、2006年の幕を閉じることにしよう。

2007/1/8(月)  
賀春
松の内も終わり、明日からはまた日常が始まる。 正月前後は、哀しい報せがあったせいか、しばらく気持が沈んでいた。
疲れも一気に出てしまい、身も心も元気がなかったが、そうもしていられないので、今日から動くことにした。
一昨日の夜から、ここでも冬の嵐が吹き荒れた。 横なぐりの雪の中で、春雷ならぬ冬雷が轟いた。 降りしきる雪の中で、雷の音を聞いたのは
初めての体験であった。 僕にとっては、天国に先立った友人たちの、無念の叫び声のようでもあった。

10センチくらいの積雪があったが、昨日から雨に変わり、ほとんど溶けてしまったので助かった。
昨年は、ひと月余りも雪が残っていたので苦労したが、今年は暖冬のまま過ぎてしまいそうな気配である。
ガーデンでは、水仙が早くも背丈を伸ばしている。 他の草花たちも、昨年に比べ春への準備が早そうである。 暖冬で被害を受ける作物もあるが
気分的には、このまま春に突っ走ってほしいものである。

昨日、雪の中を、静岡に転勤した会員のIさんが、名古屋のTさんと久しぶりに訪ねてくれた。
食事をしながら、懐かしい話に花を咲かせ、少し滅入っていた気分を転換させる楽しい時間を過ごせたことは有難かった。
久しぶりの人たちに会うことは、嬉しいことでもあるが、一期一会の思いを一層強くする機会でもある。

今年一年も、多くの知人たちが、自己実現とその役割に向けて、無事に歩んでくれることを祈りながら、僕の日常をスタートさせたいと思う。

2007/1/23(火)  
大工仕事の日々
二週間ぶりの更新となってしまった。 庭造りやアトリエの工事に追われ、力仕事が続いている。
夜半にはパソコンに向かうのだが、事務処理をしている間に睡魔に襲われる。 週一は更新をと思っているが、眠気には勝てそうにない。
今日は少し元気が残っているので、更新できそうである。
暖冬とはいえ、ここの朝はかなり冷たい。外の池には、毎朝のように氷が張っている。 藤原岳もうっすらと雪化粧をしたままである。
それでも、日中は10度くらいまで気温が上がるので、作業するには助かる暖かさである。
アトリエの内装工事がかなり出来上がったが、外装やガーデン造りはまだ3分どころである。 生垣は廃材と梅の剪定した枝を利用して造ってみた。
花壇は、土がなかったので、パークゴルフ場の工事の人に頼んで、余った土をもらい積み上げてもらった。 ついでに池を造るところを、ユンボで
掘ってもらった。  パークゴルフ場の整地工事は昨年の7月から続いていたが、今月末あたりで終わりそうである。
重機の騒音や砂ぼこり、ぬかるんだ整地跡などに苦労させられたが、 お互い様と思い、この半年、毎日3時には珈琲を差し入れていた。
毎日少しでもお話をしていれば、気は心である。 こちらのお願いもちゃんと聞いてくれる。
何といっても、石を運んだり、穴を掘ったりするのは、とても重労働である。重機を使えば、まさにあっという間である。 本当に助かった。
何事もプラス志向で、事態を好転させることである。
あとひと月余りで、何とか完成させねばならないが、思わぬ助っ人が現れたりしたので、間に合いそうな気がする。
まだ、花や植木を買う余裕がないので、森から名前の分からないままの幼木を抜いて来たり、道端の花を移植したり、ホームセンターのしおれかけた
安売りの花を買って来たりと、つぎはぎだらけのガーデン造りである。
以前Yさんがくれた、ターシャの庭のビデオを観ながら、情熱をたぎらせているところではあるが。
ターシャの庭は30万坪、哲学舎の庭は100坪。 3千分の一であるが、花や樹に対する想いに違いはないように思う。
10年後を楽しみに、あせらず、ナチュラルなガーデン造りをしていこうと思う。 それにしても、花や樹の名前がなかなか覚えられないのが情けない。

2007/2/3(土)  
春がそこまで
一昨日降った雪がまだ残っている。しばらく前は、春を感じさせる暖かい日が続いていたので、この寒さは余計に身に沁みる。
暖冬とは云っても、それは昼間の陽射しのこと。 ここの朝晩は、まだまだ寒さが厳しいのである。 今朝も池には氷が張っていた。
藤原岳は雪を抱いたままである。 先日咲き出した水仙や梅の蕾も、この雪で凍えているようである。
昨日は、雪が残っていて作業にならなかったので、Yさんを誘い岐阜の花フェスタ公園にある「ターシャの庭」を見学に出かけた。
二時過ぎに着いて、寒さの中を一時間余り見学。 さすがに来園者は殆どいない。 出会ったのは一組だけ。あとは公園整備の人たちだけであった。
アメリカにある本物の「ターシャの庭」とは、もちろん比べ物にはならないほど小さな庭であったが、小さいなりにも豊かな表情を持った庭であった。
運転は疲れたが、久しぶりの遠出。 気持を新たにする良い機会となった。
また、今日から庭造りが始まり、重労働が続くが、数年先を楽しみに精を出すことにしよう。
鶏舎のあとを改装しだしてから一年が過ぎた。 次から次へとやることが出てくるので、工期予定をオーバーしているが、今月中には何とかしたいと思う。

2007/2/15(木)  
春一番が吹いたと思ったら
アトリエ造りも追い込みにかかっているので、連日ハードな日が続く。 日記の更新をと思っていたが、パソコンの調子がおかしかったので、儘ならなかった。
やっと何とか復旧したので助かったが、機種が古いので仕方がない。 新しいものを買う余裕など到底無理なので、だまし騙し使いこなすしかない。
この一週間、昼間は暖かい陽射しが続いていた。 しかし、昨日春一番が吹いたと思って喜んでいたら、今朝から一変して真冬に逆戻りである。
朝から舞っている雪が、今もまだ降り止まない。 風も強く冷たいので屋内で作業したが、それでも寒く早めに切り上げた。
水仙が咲き始め、チューリップの芽もかなり伸び始めているが、彼らも今日の雪には驚いていることだろう。 
ガーデンにあった池は、当初バスタブを埋めて造ったものだが、なんだかおかしかったので、石を積み上げ造り直した。
アトリエのガーデンにも、穴を掘って大き目のを一つ造った。 セメント捏ねはかなりの重労働で腰が痛い。 植樹も沢山しなければならないが、
苗を買う余裕もないので、森から幼木を引き抜いてくる。 これがまた大変な作業である。 10本くらいは移植したが、条件が変わるので、半分くらいは
根付かないかもしれない。 あと10本くらいは移植しないととは思っているが。 とにかく、廃材やもらったもの、あるもので頑張るしかない。
でも、面白いもので、これしかないという廃材たちを前にすると、不思議と良いアイデアが生まれてくるのである。
八分どころまでは出来てきたが、予算の残りがあと一万もない。 頭が痛いが、知恵の働かせどころである。

2007/2/25(日)  
無理が利かぬ年になったか
しばらく続いた暖かさに、作業のピッチを速めて奮闘してたが、昨日の寒風の中での作業が応えてしまった。
昨夜から、腰にかすかな激痛が走る。 すぐに湿布をして安静にし早めに床についた。 腰痛には慣れているが、今回の痛みはギックリ腰に近いもの。
早めの処方が功を奏したのか、今朝には痛みが半減した。 だが、今日は大事を取って休息した。  おまけに、昼頃に軽いめまいがする。
夏に体験した、ぐるぐると回るメニエルに近いめまいであった。 先回の薬が残っていたので、これも早めの対処。 夕方まで安静にしていたら収まった。
今月中に、アトリエやメンテナンスを終えようと張り切りすぎたせいでもあるが、そろそろ歳には勝てぬ領域に入ってきたやも知れぬ。
焦りもないし、無理をしたつもりもないのだが、つい夢中になって集中しすぎたきらいはある。 
今夜もゆっくり睡眠を取って、明日までに回復させようと思っているが・・・。 梅の蕾も膨らんできたので、春はもうそこまでやって来ているはずである。
水仙やクリスマスローズの美しい姿に励まされて、もう少し頑張ろうと思う。
3/1からは、美術館も冬季休館を終え開館する。 今年は、どんな来館者達と出会えるであろうか。 久しぶりの人たちとの再会も楽しみである。

2007/3/12(月)  
春が来たかと思いきや
この数日、小雪が舞う寒い日が続いていたが、昨夜から降り出した雪が15センチも積もった。
今年の冬は、雪かきもせずに終わりそうだと思っていたが、自然の摂理はまだまだ律儀である。 朝から一時間ほど雪かきであった。
黒猫マフィー君もびっくりしたのか、ストーブの前を離れない。 それでもフンをする時は、雪をかきわけ外まで出て行くから感心な奴である。
春の雪はベタ雪なので水分を含んでいて重たい。 咲いていた水仙やクロッカスが雪の重みで随分折れてしまった。 
クリスマスローズは木陰に植えてあったので無事だった。ビオラたちは何とか頑張っている。 藤原岳は一層山肌を白くしている。 
山にとっては、雪が降らないと生態系を狂わせてしまうので、この雪は有難いものであろう。
今日は、作業が出来ないので、名古屋に買出しに出かけた。 食料品はこちらの方が安いが、日用雑貨は名古屋の量販店の方がかなり安い。

25日のパーティまでにあと二週間である。明日から、またピッチを上げて残りの作業を片付けねばならぬ。
明日は、名古屋から助っ人が二人来る予定なので有難い。 一人では無理な力仕事を片付けてしまおうと思う。

2007/3/29(木)  
ウグイスの初鳴き
今日は、本当に春がやって来たという暖かさであった。 ガーデンで作業をしていても少し汗ばむくらいである。 野外の温度も15度である。
ウグイスが、すぐそばの森で初鳴きである。 昨年は、産まれたばかりのヒナが鳴き方を練習していたが、今年は初めから上手く鳴いている。
お昼頃、蝶々が一匹だけ飛んできた。タンポポも沢山咲きだした。水仙たちは、もうお役目ゴメンとばかりに、うな垂れ始めている。
桜がほんの数輪咲き始めている。 明らかにガーデン全体の色彩が賑やかになってきた。 やっと、待ちに待った春の到来である。

25日の日曜日はイベントであったが、都合がつかない人やキャンセルが相次ぎ、わずか8名の参加となってしまった。 
しかし、それはそれで内容の濃いパーティとなった。 造形プログラムは、テラコッタの板でネームプレートを作ろうというものであった。
かなり冷え込んでいたが、グリーンドームの中で行った。 みんな真剣に集中しすぎて、一時間を越すプログラムとなった。
その後は、記念植樹。 願い事を書いた紙片を穴の底に埋め、ヤマボウシの苗木を植樹した。 一人ずつ順番にスコップで土をかけていったが、
その姿を見て、誰かが「皇室の植樹祭」みたいだと言い、全員大笑い。 ネパールカレーやおいしいディッシュを満腹になるまで食べながら、
黒猫マフィー君のピアノ演奏、Yさんのピアノ、Sさんと僕のJAZZ演奏で盛り上がる。 少ない人数なので、全員が何か歌おうということになって、
参加者全員が順番にステージへ。 普段は聞けない、みんなの意外な得意技が拝見・拝聴でき、とても貴重なひとときとなった。
最後は、みんなで歓談。 記念撮影をしてお開きとなった。